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先にスタスタと歩いて扉を開け「母さん、俺も水都もすぐに行く」と勝手に返事をした兄に、私は不貞腐れた。こんなに自己中心的な兄を見るのは初めてだった。こっちの複雑な心情なんてお構いなしらしい。
加えて私に対する謝罪すらない。仮にも犯そうとしていた癖にだ。じゃれ合いのつもりだったのなら理解もできるけれど、あの兄の顔は本息だった。そして実に恐怖だった。
流星君の気持ちに気付きもしない鈍感なところも、妹である私に理性を容易に捨てて襲い掛かったところも、無神経が過ぎると思う。全く以て身勝手でしかない。
これほどまでの苛立ちや不満を兄に対して積もらせたのは生まれて初めてだ。思い返せば完璧で綻びのない兄に時々本当に同じ人間なのだろうかと考えた事が何度かあるが、まさかこんな形で綻びが生じるだなんて誰が予想できただろうか。
「水都、早くしろ。」
「先に行ってよ。」
「無理だな。」
「お兄ちゃんの顔、今は見たくない。」
服に寄った皺を手で伸ばしながら唇を尖らせた私は、最大限の抵抗として鎖骨に新しく刻まれたキスマークを袖口でゴシゴシと擦った。これで消える訳がないとは分かっている。だけどこうでもしないと気が治まりそうになかった。
私の言葉が聴こえていないのか、はたまた聴こえない振りでもしているのか、兄は扉の前で佇んだまま先に部屋を出る気配がない。そっちがその気ならこっちがさっさと下りてやる。
そう思い立ってドシドシと可愛くない足音を鳴らしながら部屋を辞そうとした途端、腕を強く引かれそのまま身体が後方へと傾いた。
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