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食卓には誰の誕生日でもないのに、やけに豪勢な食事が準備されていた。
ローストビーフにサラダにスープにラザニア。それから果物がふんだんにあしらわれたケーキまで揃っている。兄は既に指定席に腰を下ろして頬杖を突いていた。軽く睨んでみたけれど、まるで効果がない。気付いてすら貰えない。
フンッと鼻を鳴らして指定席である兄の隣に腰を下ろせば、母はフォークとナイフを準備しながら嬉々とした表情をしていた。
「二人と一緒に食事をするのが久し振りだから、帰宅するまでの間ずっと楽しみだったの。」
そう云って私達の向かいの椅子に座った母は、私達を交互に見ながら眉を八の字に下げた。
「私もお父さんも忙しくてごめんなさいね。二人との時間をもっと作りたいのだけれど、寂しい思いばかりをさせているわよね。」
「気にしないで良い。母さんと父さんのおかげで俺も水都も生活できているし寧ろ感謝してる。」
「二人が仲良くて嬉しいわ。私とお父さんがいない間、何か変わった事はあった?」
「いつも通りだ。心配しなくても俺達はもう子供じゃない。自分の事は自分でできる。」
母に返事をする兄の言葉を聞きながら、いつも通りなんて嘘をよくつけるなと思った。視線だけを左に移して伺ってみるが案の定、兄は至って平静で不自然なところがまるでない。
息をするみたいに嘘を吐く兄が恐い。端整な横顔は母を気遣う様な笑みが添えられているだけで、さっきまでの狂気的な表情はすっかり息を潜めていた。
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