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昨日までの私ならば兄のその言葉に「私もお兄ちゃんの事愛してるよ」と軽い調子で返していた。しかしながら、兄の一言に秘められた真実に触れてしまったせいで心穏やかにそれを受け取る事などできない。
相手に握られている手に力が込められる。少し痛いと感じる程だ。母が居る前でもお構いなしで狂気に満ち満ちた愛をぶつけてくる兄の事だ。このまま二人きりになる瞬間があろうものなら、次こそ本当に身体を貫かれてしまうかもしれない。
恐怖が全身に走るのを感じながら、私は咄嗟に口を開いた。
「お母さん、今日お母さんと一緒に眠っても良い?」
これが私の頭が捻り出せた最大限の自己防衛策だった。明瞭に兄を拒絶するその発言に、兄の眉が僅かに不機嫌そうに動く。それに気づかぬふりをして話を続けた。
「久し振りにお母さんと話したい事がいっぱいあるの。お父さんも出張で帰って来ないし、たまには一緒に眠りたいなと思って。」
怪しまれないだろうか。変に思われないだろうか。可能な限り平静を繕って口を動かしたけれど、母親の表情にまで気を配れる余裕がない。
ドキドキと鳴り響く心臓の音が耳障りだった。依然として兄と繋がれた手が恐怖で震えている。
「それ良いわね。美味しいクッキーを頂いたの。それを食べながら女同士で語ろうっか。」
「う、うん。楽しみ。」
笑顔を咲かせてはしゃぐ母の返事に、私は胸を撫で下ろした。
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