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「あ。やっぱり目覚めてたか。おはよう。気分はどう?」
「気分…は、えっと。…はい?」
状況が飲み込めずあやふやに答える。
一つ。さっき白戸さんになっていた辺りは夢だったのだろう、というのはおぼろげに理解した。
「あの…ここは…?」
「ああ。流石に君を移動させるのは大変だからさ。手っ取り早く近くにあったラブホに連れてきたんだよね。」
その言葉でおおまかな経緯を察して血の気が引いた。
飲み過ぎて店で寝落ちした。その俺を白戸さんがホテルまで連れてきて介抱してくれたのだ。
俺はなんて事をさせてるんだ。取引先の相手に!
見れば白戸さんはシャワーを浴びてきた後らしくバスローブ姿で髪がしっとり濡れていた。
「も、申し訳ございませんっ、でした。」
慌てて飛び起きようとするのを白戸さんにトンっと突かれて背中からベッドに逆戻り。
へ?
白戸さんにマウントを取られた状態に不安を覚えて恐る恐るその顔を伺う。
白戸さんは俺に跨った状態で相変わらずにっこにっこと愛想の良い笑顔を浮かべていた。
「朝比奈君。寝落ちする前の会話覚えてる?」
寝落ちする前の会話……あ。
薄膜かかった記憶を掘り起こしさぁっと血の気が引いた。
白戸さんを嫌いだと言い放った。どころか自分の性癖をベラベラ暴露した。
それでこのマウントを取られた状態。今から殴られるのか?
体格差で防御出来なくはないと思うけど、これまで殴り合いの喧嘩とかした事ないし普通に怖い。
返事はしなかったが、白戸さんは俺の顔から何かしら察したらしい。
「へぇ。覚えてるなんてやっぱ酒強いんだなぁ。お酒に強いってスパダリの必須スキル?てか、中々ボロ出さないから飲ませ過ぎちゃったよ。ご・め・ん、ネ?」
なにやら感心した風情からの謝罪。
飲ませ過ぎちゃった…?
確かに俺は酒が強い方だし、周囲に迷惑をかけるのも悪いので自制するし、これまで酒の席で醜態を晒した事はない。
ましてや顔見知りに自分の性癖などバラしたりしない。
それなのに今日に限ってベラベラ喋ったのは節度を超えて酒を飲んだからで。
それが何故かと言えば飲まされたからだ。
白戸さんに。
体育会系のノリで飲めと強制された覚えはないけど。
無邪気な笑顔と調子の良い会話で拒否するタイミングもなく、気がつかぬ間に一杯二杯とグラスを空けていた。
そしてそれこそ白戸さんの策謀だったようで。
白戸さんに底知れぬ不安を覚えて顔を強張らせていると、白戸さんはそんな俺を知らぬげにニコッと笑って見せた。
「まーそんなこんなで寝落ち直前にボクが君の気持ち分かるなーって言ったのは覚えてる?君は頑なに分かるわけないって言ってたけど。」
話の終着点が見えない。
怒ってるのかと思っていた白戸さんは相変わらず笑顔で。
しかしそれも嘘物かも知れず、恐る恐る頷く。
すると白戸さんは俺の上で膝立ちになってえっへんと胸を張った。
「分かるよ。ボクこんなんでタチだからね。」
………。
…たち……。
タチってなんだっけ?
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