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地雷です
キライな人がいる。
苦手ではない。嫌いなのだ。
「あ。グラス空いちゃってますね。お強いなぁ。お注ぎしまーす。」
愛想のイイ笑顔をこてっと傾けて俺の上司にビール瓶を差し出すのは取引相手の白戸尚弥。
今日は取引先の担当と顔見せの後、懇親会となった。
二重目蓋のパッチリしたアーモンドアイズに小さな鼻ピンク色のふっくらした唇。
女顔の整った顔付きに、何より可愛いのはその仕草や言動だ。
ここぞという場面での上目遣いや舌ったらずな甘えた口調。
あざとい。あざと過ぎる…が悔しい事に可愛いくて本当にムカつく。
ご時世柄セクハラに細心の注意を払っている上司も惜しみない愛想を向けられ分かりやすく鼻の下を伸ばしている。
「いやぁ白戸君みたいな部下がいて本当に羨ましい。気も効くし仕事も出来て何より美人さんだし!」
泡が溢れ落ちんばかりに注がれたビールを煽って上司がうははっと笑う。
それに対して相手の上司も満更ではない様子ながらもいやいやと首を振る。
「まぁウチの白戸は手前味噌ながら良く出来るヤツですがね。そちらの朝比奈君だって中々じゃないですか。まだ一年目でしょ?」
不意に水を向けられた俺は慌てて笑顔を取り繕う。
「院卒の入社一年目でもう実務かぁ。凄ーい優秀だぁ。オマケにイケメン。」
「なんだい。白戸君も若い子の方がいいのかい。」
「あはは。若い子大好き!…って、ボクオッサンみたいじゃないですか。まぁオッサンですけどね。」
相手が女性であればセクハラかよと睨まれそうな上司の物言いを白戸さんはホステスばりに受け流し茶目っ気に肩を竦めて見せた。
チラッと聞いた年齢は確か28歳。
確かに若いとは言い難いが。見た目、全然そうは見えない。
学生服…は無理かもしれないが大学に紛れ込んでも苦もなく学生に溶け込めそうだ。
「でもまぁ確かに朝比奈はモテますな。ウチの女性陣なんぞ…なんてったっけ…ああ、スパダリとか言ってはしゃいでますわ。名前も朝比奈礼だなんてアイドル顔負けでしょう。」
「ちょ、野島さん…っ」
要らん事を言い出した上司を嗜めるものの上機嫌な上司が意に介する様子はない。
「はぁ〜、スパダリ。分かる気がするなぁ。朝比奈君イケメンの上にスペック高そう。」
「そうそ。高いんだよ。この顔で料理も出来るらしい。その上さらっと気が使える。」
料理に顔は関係ないだろっ。
内心で上司に悪態を吐くものの口に出すわけにもいかず引きつった笑顔で曖昧に謙遜しておいた。
一同が一頻り人を弄くって次の話題に移った頃合いに俺は顔を逸らしそっと溜息を吐いた。
自分でいうのも何だが基本俺は生真面目なタイプなんだと思う。
成績が良かったのもそこそこ真面目に勉強したからだし、諍いが苦手だからコミュニケーション能力も上げて調和を心がけた。人に親切にするのは偽善にならない程度には当たり前だと思ってるし、料理や家事は大学時代から一人暮らしでやってくうちに覚えたものだ。
普通にしなきゃいけないと思う事を普通にしているだけでスパダリなんて呼ばれるのはお門違いだ。
そんなものになろうと思った事はないし、なりたかったわけじゃない。
寧ろ俺は…
目の端に白戸さんのあざとい笑顔が入り、俺は無意識に奥歯を噛み締めて勢いよくグラスを煽った。
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