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はじめに
これは我が国王、ラダメスより承った調査の過程、そして顛末を個人的に記したものである。
我が国王はあの通りの人であるから、私がどれだけ簡潔にまとめようとも『お前は話が長い。簡潔に頼む』と仰る。
で、あるから更に簡潔にまとめた報告を口頭で申し上げ、正規の報告書を提出したうえで『保険の意味で、ある人物を召し抱えるべきである』と進言をした。
我が国王は、あのようにのんびりとした、ものぐさなふるまいをなさっておられるが、最高の武人であられるから、きっと賢明な判断をくだして――
ああ、堅苦しい。
これを読んでいる後世の人は驚くかもしれないが、元々我が国は傭兵の集団であった。だがら、来賓があるとき以外は、ざっくばらんな話し方が普通なのである。野蛮人の集団と他国の貴族の方々には蔑まれているが、ラダメス以下、誰も気にしていない。
我々が国を持ったのは、偶々東方の大国の君主を戦場で救ったからだ。彼は老齢ながらかなりの武人で、ラダメスは一騎打ちを望んで陣屋に突入した。
だが、意外にもそこで見たのは、今まさに毒殺されんとする君主の姿であった。
ラダメスは激怒し、犯人とその一党を一瞬で切り伏せた。諸共に突撃していた私は、一騎打ちをするはずだった君主を治療した。
我々は遅れて現れた親衛隊に捕縛されるも、数刻後に回復した君主と会食をすることになった。君主はラダメスと我々をいたく気に入り、親衛隊の隊長からは最大の礼をもって感謝された。犯人とその一党の事を細かくここに記すのは控えるが、親衛隊を遠ざける権力を持った者、といえば想像がつくであろう。
戦争は我々の雇い主が敗北し、報酬を得られなかったのであるが、君主は我々にこっそりと接触をしてきた。
戦で荒れ果てた新しい領土の一部を治めて欲しいというのだ。
ラダメスは了承し、その代わりに一騎打ちを希望した。
ラダメスと君主の一騎打ちは一昼夜にわたり、最後は二人とも疲れ果てて寝てしまうという珍事になった。私と親衛隊の隊長は顔を見合わせて肩を竦めたものだ。
さて、ぐっと話が逸れたのだが、その君主と緊急の会談が一週前にあった。こちらから出向こうとすると、国境近くの某宿を指定された。
私としては、国王になったのであるから、これからは謀殺される可能性もあるので宿を下調べしたほうが、と臣下として普通の事を言ったのだが、ラダメス曰く、そこは「ドンパ牛の舌のシチューが絶品である宿」であるから心配はいらんとのことだった。
果たして行ってみれば、すでにほろ酔いである君主と、何とも言えない表情の親衛隊隊長がいた。勿論護衛は十重二十重に宿の周りを固めていたが、ラダメスは挨拶もそこそこに君主と杯を交わしたのである。
ラダメスと肩を組み、飲んで騒いでいる君主は、隊長に「あれ、言っといてくれ」と簡潔かついい加減な命令を下し、聞くところによればそれから三日の間飲んで騒いでいたという。
「今日来てもらったのは、実は頼みたいことがあってな」
「ほう。言ってみろ」
私と隊長は先の決闘の際に、こういう口をきける仲になっていた。
隊長は私を宿の奥にある小部屋、酒の貯蔵室に引っ張っていくと、小さなテーブルに地図を広げて声を潜めた。
「アルカデイアのあの件だ」
「あれか。で、何をどうする」
アルカデイアは我が国の隣に位置する。
森と川、バタク山をはじめとした休火山群がある広大な国。
そして、率直に言えば、いけ好かない国であった。
重税で民を虐げ、大規模な軍隊を組織し、魔法の研究のために大勢の魔術師を雇い入れ、それを誇示していた。若き国王のエーデルは平和会議の際に、自国以外を見下したような発言をして参加した列国の統治者たちを呆れさせていた。
東方の領主はその態度に呆れるだけでなく激怒。ラダメスと共にアルカデイアに対し戦争を仕掛けるつもりであった。
そのアルカデイアの中心、エーデル城が一夜にして消失したのだ。
これが起きたのは一月ほど前。夜半の凄まじい爆発音で跳び起きた城下町メゾロンの住人達は、この世の終わりのような閃光を目撃し恐慌状態に陥ったそうだ。それでも勇気ある、または無鉄砲な一部の者たちが城に向かった。
だが、そこには何もなかった。
凄まじい熱と、濛々と立ち込める黒い煙の向こうには、あるはずの城の影が見えないのだ。やがて陽が昇り、煙が晴れると、そこには真っ黒くすすけた巨大な椀の底のような穴があるだけであった。
恐れ戦いた住人は、我が国の国境警備隊にそれを報せ、数日のうちに周辺の国に知れ渡ることになった。
すぐさまに大規模な調査団が各国代表によって編成された。
だが、全く何もわからない。
その城にいたであろう国王以下、軍隊も使用人も、馬の一匹も見当たらず、骨の欠片さえも見つからないのだ。
衛兵や憲兵で、城内に住むことを許されなかった者たちは勿論全員無事だったが、彼ら彼女らは、そもそも城内にはほとんど立ち入ることを許されていなかったので、やはり情報は得られなかった。
数日後、調査団が『強大な熱により、何もかもが蒸発したのではないか』という、子供でももう少し気の利いた事が言えるのではないかという報告をすると、緊急会合で集まった各国の統治者たちは溜息をついたのだった。
一瞬にして、エーデル城を消滅せしめたのは何であろうか?
兵器の類?
しかし、周辺に被害を与えず、城だけを完全に消滅させる兵器なぞあるだろうか?
となれば魔法?
東方の宮廷魔術師殿に聞いてみると、可能ではあるという。
強大な魔力を持った、複数人が互いに魔術を共鳴させていけば、ということだ。
しかし、遠隔地からの行使は現存の知識では不可能とのこと。仮に遠方からそのような魔法攻撃ができるのであるなら、とっくに戦争に使われているはずだ、と。
更に言えば、エーデルは先に述べたように、魔法を研究していた。となれば、対魔法戦の準備もしていたに違い。
となると、城内で魔法を使ったのだろうか。
しかし、複数人で城に潜入し、気づかれずに術を使った?
エーデル自身と刺し違えるのではなく、城ごと更地にする意味は?
そして、自分達の命まで犠牲にするほどの、理由とは?
「アルカデイアのどこかで怪しげな実験が行われていたという民衆の噂を聞いたことは?」
「ある。他にも悪い噂は幾つも聞いている」
「キメラか」
それもある、と私は答えた。
アルカデイアの森やバタク山にはキメラと呼ばれる凶暴な魔物が出るという話だった。
キメラは狼や山羊、蛇や虎などの生物が寄り集まった巨大な獣だという。実際に見ていないので、半信半疑ではあるが、目撃者や犠牲者の話が幾つもある。
また、人の失踪が多いという噂もある。
重税に耐えかねて他国に逃げたと言う者もいれば、消えた人間はもれなく死んでいると言う者もいる。そこから、殺人に酔いしれる怪物がいるとか、内臓を魔術に使うために人を狩っている魔術師がいるという噂も囁かれているらしい。
そして、その内臓が怪しげな実験に使われている、と繋がっていくのである。
陰謀論が好きな輩はエーデルが不死の軍団を作っているとかなんとか……。
「やれやれ……どれも全くろくでもない話だな。ところで、ここなんだが」
隊長は地図の一点を指さす。
そこは、バタク山からエーデル城をかすめて流れるマブ川の支流の一つ、東方の国の東の森の辺りだった。
「ここに三か月前、死体が流れ着いた。子供だ。途中にめぼしい町はない。だからエーデル城から流された可能性が高い」
「ふむ、何かの実験の痕跡があったのか」
隊長は顔を顰めた。
「よく判らぬ。宮廷魔術師殿によれば、通常よりも多くの魔力が検知できたそうだ。ただ、奇妙なことに両腕が肩から切断されていた」
「すると死因は出血死か。拷問を受けて腕を落とされ、川に放り込まれたか」
「いや、死因は溺死だ。肺にたっぷりと水が入っていた。肩はかなり前に切断されたようで、傷は雑だが縫ってあった。暴力の痕も見つけられなかった」
「ふむ? ならば自殺、もしくは囚人が万に一つにかけ逃亡を試みたか……いや、子供だったか。子供が両腕を落とされるような重罪を?」
「だから、何もわからぬのだ。
宮廷魔術師殿は前にお前に聞かれた『遠隔地からの攻撃魔術』の可能性を気にしておられてな。エーデル自身が、その実験の失敗で吹き飛んだと考えておられる。そして、子供の不可解な遺体は、その魔術に関係しているのではないか、と」
「なるほど。それで、俺に調べろというわけか」
「うむ。今だから言うが、調査隊の連中は、あのエーデル城跡地が呪われているに違いないと、ろくに調査せずに早々に引き上げたらしいのだ。城が消えた原因は、あの不遜極まりないエーデル王が神の怒りを買った為に起きたのだと決めつけ、周辺の聞き込みもあまりしなかったらしい」
「ふむ、それであの報告か。ひどい話だが、理解はできる。そんな場所には、一時もいたくはないからな」
「確かに。そして、エーデル王が原因というのは、正解だろうとは思う。また、アルカデイアの住人がエーデル王家の何かを知っているわけもないだろうから、聞き込みをしても成果は上がらないだろうとは思うのだが……」
「とはいえ、やれば情報は集まるだろうな。精査するのは後にして、まずは情報収集すべきだな」
「その通りだ。
実は、我が領主は今頃そちらの王に話していると思うが――多分話していると前提して話すが――アルカデイアをお前の所の領地に組み込んでほしいと思っているのだ」
成程、我々の領地に組み込まれるのならば、再調査の必要が絶対にある。
城の消失の理由は、場合によっては我々に降りかかってくるかもしれないからだ。
「お前も『怪しげな実験』が絡んでいると思うか?」
隊長の質問に、私は頷いた。
「だろうな。恐らくは宮廷魔術師殿の見立て通り自爆だろう。おぞましい実験にはおぞましい結果がつきものだからな。とはいえ、最初から予断を持って臨むのはよろしくないだろうな」
隊長は流石流石と頷くと、少し笑った。
「それにしても、お前は全く政治家には見えぬな。失礼を承知で言うならば、ラダメス王も王には見えぬ」
「むむ、不敬だな。首を刎ねて畑の肥やしにしてくれようか」
「おお、恐ろしい。肥やしで思い出したが、我が主が言うには、画期的な便所を作ったそうじゃないか?」
私は腕を組み、顎を反らした。
「おお! 我が王は民のために、粉骨砕身で公務に臨んでおられるからな!
……まあ、王がアルカデイアで見た川の水を取り入れた便所を面白がってな、それを公衆便所として作ってみたのだ」
「公衆浴場も作ったのだろう? 珍しい物ではないか? 管理はどうしているのだ?」
「あれは、工事は我々がやり、運営は民がやっておる。仕事として巧く回っているし、衛生面でも大幅な改善ができたと思われる……まあ、実のところ、王が皆で入れる広い風呂がどうしても欲しいとおっしゃられてな。お忍びで通っておられるのだ」
「おいおい、王が下々のものと風呂に入っているのか? 暗殺でもされたらどうする?」
「馬鹿を言うな。老人の背中を流す間に剣を突き付けられようとも、我が王なら片手でそれを折れるわ。それで怪我を負うような王なら、とうに見切りをつけておるわ!」
私と隊長は芝居がかった会話に大笑いした。
「いやはや、お前はやはり面白いな。
それにしても、これから、おぞましい事を調べようというのに、ずいぶん楽しそうではないか、道化師殿」
私は大きく頷いた。
「正直言えば、とても好奇心をくすぐられるのでな。恐怖と謎が渦巻く御伽噺の世界に踏み込んでいくような気分なのだ」
私の話もしておこう。
私の今の地位は、大臣兼、宮廷道化師である。
元から人を笑わせることが好きだったので、芸を覚え、芸を磨くために体を鍛え、本を読み、そうこうするうちにラダメスと知り合い、成り行きで共に戦場をかけることになった。
そして、国ができてからは大臣として諸々の雑事を片付けながら、一日の半分は『王城に出入りしている道化師』として人を笑わせている。
勿論、伊達や酔狂でやっているわけではない。
城下で大道芸を見せるときは視察を兼ね、城内で見せるときは皆の不平不満を解消するためにやるのだ。
もう少し言えば、密偵やこのような調査の場合、大道芸人や道化師であることは有利に働くことが多いのである。
決して、やってみたくてたまらなかったので、色々理由をつけているわけではない。
決して。
ところで、実は私は前々から小説を書いてみたいと秘かに想っていたのである。
読書好きが高じての道楽である。
つまり正規の報告書でないこれは、後に書くかもしれない小説への叩き台としての意味もあるのだ。
とはいえ、創作された部分はない。
ここに記した会話等は、報告書に書いたものと全く同じであり、報告書に書かなかった枝葉末節はなるべく忠実かつ正確に覚書と記憶をすり合わせたものである。
これを読んでいる暇人かつ有難い読者諸氏には、かなり正確な情報をお伝えすることを約束するものである。
さて、私は会談の次の日の朝――ラダメスはまだ飲んでいる最中であったが、正式な調査命令を私に出した――アルカデイアに向かった。
しかし、町に出る際、隠れ家に裏口から入り、道化師に扮して通りに出た途端、子供達に捕まってしまった。結局、アルカデイアに入ったのは昼過ぎで、城下町のメゾロンに着いたのは夕方だった。
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