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猫は可愛い。
クリっとした大きな瞳は愛らしく、モフモフとした小さなお手に柔らかい肉球に触れれば、どんなに腹立たしいことがあった後でも自然と笑顔になる。
土岐羽幸也は大学構内の中庭で何処からともなく紛れ込んできた野良猫と持参してきた猫じゃらしを使って戯れていた。
コンクリートの地面にゴロンとお腹を見せて寝転がっては手足をじたばたさせている茶トラ。頻繁に構内に忍び込んできては、生徒たちに可愛がられていることから、密かな構内のアイドル的存在。日々追われる授業の課題に辟易としている学生たちの心も癒してくれていた。
あまり構い過ぎると機嫌を損ねるところとか、逆に構ってやらないと擦り寄って甘えてくるところとか、自由気儘な態度に翻弄されることもあるが、それがまた憎めない。
「ふぁあああ。飯食ったら眠くなってきた。幸也、膝貸して?」
俺がそんな野良猫と戯れている横で、木陰の木製のベンチで寝転がっていた男が自身の左腕を枕にして此方に話し掛けてきた。目の前の茶トラと同じ栗色の髪の毛に常に眠たいような、重い二重瞼の彼の名前は猫沢來斗
同じ大学の同年代同級生。自由気ままな人間と言って幸也の中で真っ先にあがってくるのが此奴だった。
「なんで膝貸さなきゃなんないんだよ」
「恋人だから?」
真っすぐな瞳の平然とした表情で言われて、耳朶が赤く染まる。猫に戯れるのを忘れて、暫く固まっていたせいか、野良猫は花壇を抜け木々の中へと行ってしまった。
來斗の言う通り、こんな奴でも俺の正真正銘の恋人だったりするから余計に厄介である。
「そんな平然とした顔で言うなよ。それにもうすぐ午後の授業始まるだろ?來斗、一度寝たら三時間は起きないだろ。だからダメ」
「ケチくさっ。恋人のおねだりのひとつやふたつ聞いてくれてもいいのに……。ふぁああああ。いいや、じゃあ帰ろ」
來斗は上体を起こし、天に向かって大きく伸びをすると、その場から立ち上がった。
「はぁ?授業のレポートどうすんだよ。今日提出だろ?」
「あー。紙渡すからさ、やっといて?俺、途中までやったけど飽きてやめたんだよね」
來斗は斜め掛け鞄から、やりかけのレポートを出してくると、何の躊躇いもなく渡してくる。あくまで自分の課題なのだから本人にやらせるべきだと頭で分かっていても、人の良さから受け取ってしまうのが幸也だった。
「はぁ……。で、お前どこに帰る気だ?」
「決まってんじゃん?ダーリンの家」
口元をイの字に広げて含んだ笑みを向けてくると、ポケットから出した合い鍵をクルクルと回し、俺に背を向け、遠ざかって行ってしまった。
幸也は右手には猫じゃらし、左手にはレポートと彼の背中を眺めながら大きく溜息を吐く。聞く前から答えなんて分かっていた。來斗は実家暮らしで、大学から家も遠い。
彼はどこかの、お坊ちゃんで豪邸に住んでいるとかいないとか耳にしたことはあるが、そこらへんは良く知らない。
一方で俺は、独り暮らしで徒歩十分ほどの駅近アパートに住んでいるので、來斗の昼寝の場所に当てるのに丁度いいらしい。昼寝だけに留まらず、半同棲のように住み着いているのが正直なところではあるが……。
単位落としてもしらねーからな……。と呟いてみたところで本人の耳に届くわけもなく……。
何で俺はあんな奴と付き合ったのだろと疑問に思うこともあるが、それはきっと俺がいつの間にか來斗のペースに心ごと奪われてしまったからだった。
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