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宣教師ディビド2
そうやって数ヶ月後に報告のために顔を出した時の事だった。
「ディビド、貴方アップルパイ好きよね!」
そう言い切って満遍の笑顔で迎えてくれた上、労いのためにわざわざ手作りのアップルパイを用意していたのだ。
「何度か練習してからだから味は保証するよ!」
無理矢理エルマの部屋の椅子に座らさせ、ドン!とテーブルに置かれた焼きたてアップルパイ、焼いたりんごとシナモンのいい香りがする。
「あ...ありがとうございます」
フォークを持たされ、驚きながらも恐る恐る口にすると父が作ってくれたカスタードクリームたっぷりのあのアップルパイと同じ味がしたのだ。
「美味しい」
つい素直に感想を口に出てしまった。
ふと前を向くとピンクダイヤモンドの瞳の少女はその言葉が嬉しかったのか笑顔を浮かべた、その笑顔がとても眩しく可愛らしいと心底思った。
懐かしさと共に壊れたはずの心が動く...胸がなんて温かいのだろう...怒りと憎しみでしか動かなかった壊れた心が復活する感覚だ。
「誰にも教えてもいないのに...やっぱり本物の預言者...」
目の前の少女は預言者故に何もかも見抜いている...様々な汚い仕事もやってきた自分を難なく愛情をもって受け入れてくれる事、それが嬉しいと思った。
それ以降、彼女の為に行動する事に喜びを感じ、戻って来た時には出迎えて手作りのアップルパイを食べる事が何より幸せに感じる様になった。
ある時、地下墓地での浄化に誘われて3人で挑む事になった。
「もしかしたら共に戦う事もあるかもしれないからね、私の実力を見てもらった方が分かり易いかなぁって思って!」
そう言われて『過越の守り石』というアクセサリーを渡され必ず装備するようにと念を押されて首にかけ、地下墓地50階へ足を運ぶ。本当はこの先もあるらしいが条件があってここで足止めなんだよねぇとエルマは言う。
周囲は古い墓だらけでアンデット達が蠢く場所だ。
しかも一番大きな墓の前には闇色のローブにギラギラとした王冠を被り、右手に大鎌、左手には青い炎が灯ったカンテラを持つ人の3倍の大きさの髑髏の王者、ダークリッチが鎮座している。
「浄化って言ってますが正直アンデット討伐ですよ...しかもエルマ様がほぼ一掃してしまうんですがね...」
そうマックスが言う、確かにアンデットなら神聖言語の術が効くと思っていたが目にしたのはそれとは全く違うものだった。
エルマはロッドを掲げると聖典の一節を叫ぶ。
『神は言う!人々を惑わす邪悪な者よ!その身を焼き尽くす火と硫黄の海に投げ込まれよ!』
そう言うと周囲一体が燃え盛る炎...それはまるで炎の海だ、その炎によって一気にアンデット達は燃やし尽くされた。
最高位術式だとしても自身を中心とした周辺一帯に及ぼす術式は存在しない...これが神聖言語系を極めた者だけが行き着く先、信仰心と善行で生じる神罰系の奇跡の一つ『火と硫黄の海』だ。
「すごいですね」
「まぁここからが本番だけどね!行くよ!」
ダークリッチが禍々しく蠢いている方にエルマとマックスが走り出す。少し遅れてディビドも向かう。
大きな鎌の攻撃を受けるも全てマックスが大剣で跳ね返しエルマはロッドをダークリッチに向けて大声で聖典の一節を叫ぶ。
『神に敵する邪悪な者よ!蝗の軍勢は邪悪な者の領地を食い荒らす!残るものは何もない!』
蝗の災厄を発動させダークリッチに襲い掛からせる、呼び出された蝗の顎は鉄よりも硬い、それらは集団となってダークリッチの骨を噛み砕く。
ダークリッチの骨がボロボロになっているが、身体を維持しているのはその地に残った怨念であるため再生し始める、その中でもダークリッチは命あるものを消し去りたいのかカンテラを揺らし青い炎を呼び出しエルマ達に襲いかかろうとするのでディビドは咄嗟に氷属性の高位術式を組む。
『その場を瞬時に凍らせよ! ゲフリーレン!』
青い炎を氷結させ全て消し去るとそのまま腰に下げていた細目の剣二本を引き抜き炎の刃を纏わせる。
ディビドは元々の能力は術士向きだ、しかし目的の為には術士では不利なため、現時点で素早さと隠れ身、二刀流が使えるアサシンに転向しているが、自身の能力が戦士向きでないのは十分知っているため細身の剣に術式で炎などを属性術を纏わせ殺傷力を高め戦うスタイルをとっている。
剣に術式を付与する利点としてただ一度発動させる術式より刃に変換した術式は単体攻撃しか出来ないとはいえ威力は高く、自らが停止させない限り保ち続ける所だ。
再生を始めるダークリッチに炎の刃を叩き込む。
元々炎の高位術式エクスプロージョンを圧縮し纏わせた刃、切ったと同時に燃え広がりを見せる、その一撃でダークリッチの再生を炎が止めてしまう。
「すごいじゃない!」
「再生を止めた程度です、止めをささないと!」
「任せて!『裁き時は来たっ!悪しき者の頭を砕く裁きの鉄槌を!』」
エルマは裁きの鉄槌を発動させると物理+聖属性での攻撃が炸裂しダークリッチの頭蓋骨は粉々に砕かれる。
しかしまだ肋骨内部の黒い心臓のようなモノが脈打っている所からまだ復活の兆しがある。
それに気づいたディビドはすかさず二本の剣を心臓に突き刺し、剣に付与していた術式を解放させ、直ぐに剣を引き抜きその場を離れるとボウッ!とダークリッチの身体に豪快に炎が灯る。
ダークリッチはそのまま燃え尽き消滅していく。
ディビドは自身のステータスを調べると一気にレベルが上がっている事を知るとエルマが何をさせたかったか理解する。
「...手加減されましたね?」
エルマはディビドのレベルの底上げをを狙い、ディビドにとどめを刺させた。さっきまでレベル30だったのが40まで上がっていたのだ。
「あ、分かっちゃった?でもディビド凄いよ!術士クラスでないのに高位術式使うのもそうだけど剣に術式付与させるとか!ダークリッチの再生を止めるとか!」
エルマは凄いを連発するとなんだか照れ臭くなる。
目をキラキラさせた目の前の少女が可愛いな...と更に思ってしまう。
「それにそれだけ強いディビドがもっと強くなればディビドに降りかかる危険が減るしね」
ディビドに近づいて上目遣いでそんな事を言われる、気遣いを示され胸の奥に強い高鳴りを感じる...やはり可愛い...
「エルマ様!浄化を!」
マックスにそう言われて、ごめんごめん!と言って墓地の真ん中に立ち浄化を行う為にロッドを掲げる。
『クリアランス!』
エルマは浄化を始める、全体に柔らかい光に包まれ墓地は静かに空気が浄化されていく。
浄化をしておく事で暫くの間はアンデットが復活してはこない。
「よし浄化終わった!」
そう言ってエルマとマックスはいそいそとダークリッチの居た辺りに足を運びガサゴソと物色すると幾つかの戦利品として剣や鎧などが出てくる。
「ディビドに装備させようと思ってた軽装備の鎧とか出てこなかったなぁ...今回はそこそこいい装備が落ちてるけど売るしかないなぁ...」
「なんかこの剣アンデット属性特効付きだし団長に持っていってあげれば喜びそうですよ」
マックスは剣を手にしながらそう言う。
「またコレクションが増えるだけだからダメだよ、団長の部屋もう武器庫じゃん、あれ以上増やしたら寝る場所無くなるよ」
ここで落とされた装備の幾つかは神殿騎士団長フリッツの部屋のオブジェと化している。
ディビドは呆気にとられているとエルマは振り向きニコニコとこちらを向く。
「ディビドは今のクラスアサシンだったよね!これから別の上位クラスの隠密を目指してみるのはどう?きっとそっちの方がいいと思うよ」
「そちらですか?こっちの方が身を隠すのと攻撃特効があるので私の能力で足りない部分を補えると思っているんですが?」
どちらのクラスも似通ってはいるが、アサシンは純粋に戦士寄りで、隠密は豊富なスキルの関係上術士と戦士の中間のクラスだ。
きっと術式を剣に付与する戦い方をするなら隠密の方が合っているだろう。
隠密はアサシンよりSTRや即死スキルなど殺傷能力優先のクラスより劣るものの、スキルの関係でINTが高くなり術の威力も増す。
特に変装スキルは変装したクラスの能力に擬態し戦うこともできるのでいざという時に便利である。
「いやいやなんかその術士性能が勿体ないし...それに私はディビドには暗殺とかして欲しくないから」
いつもニコニコヘラヘラと笑っている所のある少女であるが、真面目に見つめる姿は大人のようだ。
エルマの為なら暗殺でも何でも出来ると思っていたがエルマ本人は望んではいない...しかも預言者故それを見抜いている節もある。
ならば悲しませない方法で彼女の望みを叶えるやり方をした方が良い、とディビドは思った。
「ええ、そうですね...その方が色々都合がいいかもしれませんしね」
笑顔を浮かべエルマの提案を受け入れる。
その数日の間はレベル上げと称され暫く地下墓地で鍛えられ、最終的に隠密にクラスチェンジをすると思いの外変装が便利で、エルマの提案が正しいと思った。
それから数年、偵察から戻って報告を伝える生活が普通になった頃だ。
「ウルムとの国境近くに禁呪の封印されている場所があるのだけど...」
エルマは新たな任務として探りを入れて欲しい場所を地図で指差す。
「この周辺に必ずあるの...きっとこの数年の間にウルムとの小競り合いがあって行けなくなる筈だから小競り合いでジル殿下が足を踏み入れる前にその前に調べて欲しいんだよ...」
エルマは真剣な顔でそう言った。
禁呪は悪魔自体を力を用いるものだが、生贄となり受肉をすれば実体化した悪魔となる...そう最も憎い存在...人では滅せない悪意しかないその存在は弱らせ封じる事しか出来ない。
エルマは禁呪の封印がまだ存在しているのであれば更なる強固な封印をし、そうそう人が手を出せないものにしようと考えていた。
願ってもない事だったので、すぐに準備をした。
何分ウルム側にある封印なので、ウルムの研究機関も巻き込み存在を明らかにさせ、ウルム側に守らせる作戦にする事にした。
ウルムには多数の禁呪の封印があるが大体が古来からの神々の祠や神殿などで祀られている神々だ。
しかし奴らは神などでは無い、奴らは度々解放されては軍をもって制圧せねばらならないため国や研究機関から危険視されており、『悪魔』として認識されている。
なので古い石碑を地下墓地から持ってきて偽造し場所を特定させることにした。
ディビドは表向き術学者で信仰心から宣教師になっているためウルム側にも顔が効く、そのツテで研究機関に入り込み探索をした。
ウルムの研究員達とその場所を探し出し見つけたのは目立たない洞窟だった。
洞窟内を調査すると深い穴があり、その中へ進むと隠れた神殿を見つける。
「これは...」
それはかなり古い大きな神殿だった...古代語で戦いと多産の神 アスモデウスと書かれた神殿だった。
元々は地上にあったものが大きな天変地異でもあり埋もれてしまったものだと思われる。
神殿内部に入り込むと錆びた鉄のような匂いが充満する。
内部に本来封じられている筈の禁呪の書き板、その封印式も破られ書き板そのものも無くなっていたのだ。
薄い水晶の板のような素材で出来ているバラバラになった封印式を組み直してそれを念写画で羊皮紙に焼き写した後周囲を見回す、よく見れば古い血溜まりがある。
「封印を解く為に犠牲者が出たのか...」
ただ書き板の封印を解除するだけでも生贄が必要であり、封じられている存在によっては人が何人も死ぬこともある...実際父親がそうであった。
ディビドは下唇を噛む...忌々しい、しかし一体誰が持ち出したのか?しかもかなり時間が経っている...足取りも掴まねばと思った。
その事をウルムの研究所での報告をした後、直ぐに戻りエルマに報告をする為にバーレへ足を運ぶ。
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※ゲーム豆知識
火と硫黄の海(ヒトイオウノウミ)
その昔大地にゴライアスという堕天と人の間から生まれた巨人を滅ぼす為に下した滅びの神罰の一つ。
神罰系奇跡、一帯を火の海にさせる術。
火と聖属性、火傷のデバフがかかる。
ダークリッチ
地下墓地50階のボス、ゲームのファンからはレベル上げに適した存在故(打撃に弱いため)にダークリッチ師匠と呼ばれる始末。
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