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消えた夏の終わりより
数時間立ちっぱなしの脚が痛い。履き古した高校時代のローファーとは対照的な、クリーニングしたてのぴんとはった可愛い制服。目をつむって軽快なステップでも踏めば、まるでアイドルみたいだと思って始めた、この駅から歩いて十数分の所にあるカフェのアルバイトにも、もう慣れた。
なれない事と言えば、月替わりのブレンドコーヒーの匂いと、月初めの新メニューと銘打って作られているスイーツの甘さ。
――それから、数か月が経っても耳のすぐ裏で響き続ける車のタイヤが地面と強くこすれる音だった。
「いらっしゃいませ」
午後七時を回ると、ちらほらと学制服を着た何人かの客が出入りするようになる。それから、黒い鞄を椅子の下に、おもむろにノートパソコンを開き、片手間に電話しながらせわしなく何かを打ち込むスーツの客も見えてくる。イヤホンをさして参考書と必死に向き合う高校生の姿には、どこか懐かしさを覚えてしまう。
「優姫ちゃん、四番さんお願い!その後奥の食器しまっといて!」
「分かりました」
一人だけ、他の従業員と違った制服を纏う妙齢の女性にそう指示されると、優姫と呼ばれた少女はウエイターの到着を待つ客の下へと向かった。さほど広くない店内、ほんの少し早歩きすれば着く距離を、そうはせずに普段のペースで歩く。忙しくとも、従業員同士で接触しては台無しだと言わんばかりだ。
その代わりに気持ち大きく踏み出された足につられて、ぴょこんぴょこんと明るい茶色のポニーテールが踊っていた。
「お客様、ご注文はお決まりですか?」
「そうだね、それじゃあ………」
縦長の長方形のメニュー表を器用に片手で持ちながら注文を取り、笑顔で引き返していった少女が、月ヶ瀬優姫。この十二月の末に、大学に入学してから二度目のクリスマスを迎えようとしている優姫だったが、その顔にはどこか生気が薄いような印象を受ける。
客に向けるのも、一年と半年の間に作業的に作ってきた笑顔に過ぎず、加えてその瞳はここではないどこかへ向けて強く射貫かれているみたいだった。
「お待たせいたしました」
優姫はテーブルの客に注文の品を届けると、先ほどの女性――店長だ――に言われた通り、食器を戻しに厨房へ向かう。閉店まで二時間となった店内では、僅かにずつではあるが片づけの準備が始まる。
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