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「はあ……寒いな」
くるっ、と傘を回して雪を払うと、手にかかる重さも少し和らぐ。
「ひゃあ!」
雪を払える事は分かっていたが、そんな悲鳴を聞く事は予想できていなかったために、驚いて振り向くと、コートにかかった雪をぴょんぴょん跳ねながら手で払う少女が見えた。肩までに揃えた茶色の髪の耳元は、白くもこもこしたアクセサリで隠れている。左手はリュックの紐にかけたまま、低めのヒールのあるブーツが白い絨毯を軽快に踏んでいた。
「もう、優姫!なにすんのさ!」
「あはは、ごめんごめん。後ろにいるって気づかなくてさ」
「むう……!」
「おはよう真琴」
「おはよ、優姫」
真琴、と呼ばれたのは、優姫の大学での友人だった。知り合ってからは一年と少しだったがその時間の短さを感じさせない距離感のこの友人に会って、優姫は薄く微笑んだ。
「……何さ」
「べーつに」
「何さー!」
「ふふんっ」
それから、傘を差して並んで歩くよりはと優姫の傘に入り込んだ真琴と談笑しながら教室へ向かった。
その日初めての始業の鐘が鳴り響くまでにはまだ数十分程時間がある事もあり、講堂内の学生は優姫と真琴含めて十人程度だった。ほとんど誰もいない講堂の右端の列の中央に陣取り、一息ついた二人は静寂を壊さないようにとそうする必要もないくらいひそひそと話し始めた。まるで内緒話に聞こえてはいけない秘密を共有しようとしているみたいに。
「ねえ、最近ホント天気おかしいよね。にゃー!ってくらいに雪降ってる」
けれどその内容は実に単純な天気の話。そんなありふれた瞬間が心地よくも、苦しかった。
「ほんとね。でも、私、真琴なら喜ぶと思ってた。雪だー、って言って」
「むう、もうわたしは雪とはさよならしたの。だからちょっと雪だるま作ろうかな、とかももう思わないもん」
「あれ?なんか真琴の手真っ赤じゃない?大丈夫、しもやけ?」
「えっ、嘘!これじゃ朝ちび雪だるま作ったのがばれちゃう……!」
「ほら、やっぱり」
「あっ。くう……図ったなー!」
声を潜めていたのも最初の二言程度で、それからはすっかりいつもの調子に戻った真琴が優姫を小突く。もう、やめてよ、という優姫の楽し気な表情には、どこか陰りがあるように見えた。雪の降る外のせいで、灯りをつけてもモノクロな講堂の中で、暖房の送る暖かな風が表情の暗さにかぶさっている。
真琴はほんの少しだけ眉を下げると、取り繕ったような調子で話題を変えた。
「十二月に入ってからほぼずっとだもんね。さすがにわたしもうんざりするよ。雪だるまは楽しいけど」
「はじめから素直に言っておけばよかったのに」
「だって優姫絶対からかうでしょ」
「どうだろ」
「ほら、にやにやしてる!」
「あはは……」
何気ないやり取り。優姫はそこに何かを思い出してしまう。大切な何か、もう取り戻せない何かを。遠くへ行ってしまった誰かを。
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