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本日をもって、水谷さんがヴィレッジ書店を辞める。
ヴィレッジ書店渋野区店のオープン当初から今までずっとそこに勤めているのは彼女と私しか残っていないから、とても寂しい。
今日出勤の私を入れた四人のアルバイトと二人の正社員さん達全員が集められ、恒例の朝礼が始まった。
「本日は悲しいお知らせがあります」
社員の一人が話し始めた。
水谷さんへの労いの言葉が話されるのではないかと思われた。
「社員の日野が退職することになった」
……ああ
理解するまでに一瞬、間が必要だった。
日野さんは、つい半年前にこの渋野区店に配属された正社員さんでここ一か月、体調不良とかなんとかの理由でずっと休んでいた。
そんな人いたなぁ、くらいの感じである。
「日野は要領が良くて、何でもテキパキこなせるような人間だから新しい環境でもすぐに順応できると思う。僕達は日野のこれからを応援しよう」
そんな事はどうでもよくて、水谷さんにどんな言葉が伝えられるのか、私は期待していた。
「では今日も一日頑張っていこう!」
え?
水谷さんへのメッセージは?
そのまま朝礼は終わってしまう。
「っていう事があったのよ……お母さん、凄く悲しくてね…」
「うん」
帰宅後息子に今日あった出来事を教える。
「酷いと思わない?」
うんそう思う、って返事が返ってくると思っていた。
なのに。
「……それ普通だと思うよ?」
我が子がこんな子に育ってしまった事が本当に情けなかった。
「なんでそんなこと言うのよ」
「え」
「もういい、どっか行きなさい」
「いや、なんで…」
「黙れよ、お前みたいな大した人生経験も無い人間にあれこれ言われたくねーんだよ」
「……」
「目障りだから消えなさい」
あぁ不快だった!
「あのさ」
また息子が口を開いた。
「お母さんはさ、なんの目的で僕にこの話をしようと思ったの?」
「……」答えない。
「僕がお母さんの話を聞いて予想したのは、お母さんは今日のお仕事で悲しくなった気分を、僕にお話をすることによって和らげようとしたんじゃないかなって事なのね?」
何も言わない。
「じゃあ僕は何をすべきかなって考えた時、お母さんの気持ちが楽になる手助けをしたら良いって思ったの」
耐えかねて口を挟む。
「あのさ、お前の言った事の何処に私の気持ちを楽にする手助けしてる要素があるんか?お前のやった事は私の気持ちを頭ごなしに否定する行為だろうが」
「ごめん、頭ごなしに否定してるつもりは無いんだけど……僕はお母さんが悲しんでいる朝礼での社員さんの水谷さんへの対応を普通だと思うから、それを伝えたんです」
「だ、か、ら、!その発言の何処が私の事を思い遣ってるのよ???」
「えっとね、お母さんのお話に対して僕が取れ得る反応は僕の中には2パターンしかなかったの」
コイツは何を言い出すんだ……はぁぁ
「一つはお母さんの言った事に相槌を打って、同意して、お母さんに自分自身の心の中のモヤモヤを、たくさん話して無くしてもらう事。もう一つは、今お母さんが悲しんでいる事は実は悲しむような事ではなくて、ごく普通の事だと知ってもらう事。勿論それ以外の、例えばお母さんの話を聞いてないふりして無言でトイレに立つ、とかはお母さんの気持ちを楽にするという目標の逆だから選択肢の中に無かった」
偉そうに喋んな!
「でどっちの反応をしようかと考えた時、前者の、同意をする事で手助けをするっていう方は必然的にお母さんの主張に賛成の意を示さないといけないわけ。僕はお母さんと違う意見を持っているからそれをする事は嘘をつく事になっちゃうんだよね?なるべくならそれは避けたい。一方、後者の、お母さんの感じ方が必ずしも正しくないと知ってもらうって方なら自分の気持ちに嘘をつく事にならないし、何よりお母さんの悲しい気持ちを根っこから解決出来るんだよ。対症療法と原因療法って事ね?」
……長い!長過ぎる!
「いい加減黙ってくれよ…結局お前は何が言いたいのか、まとめてまで喋んなよ!?」
「お母さんが僕に対して言った言葉を聞いて、僕は悲しい気持ちになったの。僕のお母さんを思い遣っている気持ちがお母さんに伝わっていなかったんだって分かったから。僕はこんな気持ちに二度となりたくない。だから僕が何故さっきのような行動を取ったのかお母さんに知ってもらいたいんだ。勿論僕の考えてる事に間違いがあるかもしれない。お母さんも言っていた通り、僕はまだ人生経験が乏しいからね。その時はそこを指摘してもらってもいい。その指摘によって成長できるのは僕だけだから、無理に指摘するよう強制は出来ないんだけどね?」
「……知ってもらえて何になるんや?」
「さっきも言ったけれど、僕のお母さんを思いやる心がお母さんに伝わっていなかった事が悲しいという気持ちからこの行動を取ったんだ。だから僕の行動の意図を知ってもらうという事はつまり僕が悲しい気持ちになった原因となった事象を取り除く行為だという事。分かってもらえるかな?」
「……」めんど
「ついでに言えば、僕とお母さんはこれからも同じ家に住み続けるわけだから、もし仮に、お母さんが僕の今回しようとした事を理解しました、ってだけで話が終わったらこれからも僕の行動の意図はお母さんに通じないって事が、恐らくだけど続くんだよね?それは避けないといけないから、今僕がお母さんに要求する事は、大きく言えば、今回の僕の行動の意図を理解して欲しいという事とこれからお母さんが僕の行動の意図を正しく理解するためにはどうすれば良いかについて考えて貰う事の二つかな?」
いらいらいらいらいら……
「もう辞めてくれない!?話聞いてていい加減苦痛だからさ!?あのねぇ私はただ、うんうんそうだね~って言って貰いたかっただけなの、それくらい察して空気読める人間になりなさ……」
「なるほどね、今のお母さんの発言から僕とお母さんの間で、お母さんが僕にお話をした意図の認識の差があると分かった。その認識の差はどうして生まれたのか、これからその差を生まないためにどうしたらいいのか話し合う必要があるね」
ほんと死んでくれない???
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