-6 呪いのかたち

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 公理さんは2時には帰ってくるから、と言って出て行った。  念のためと言って鍵も1本預かった。  ……さて、俺も出かけるか。時刻は23時前。ギリギリ北辻に行って帰って来れるだろう。公理さんが何故かやけにやる気を出しているが、素面の公理さんのメンタルはあまり強くはない。空元気で無理してるとしか思えない。変なことをされないうちに1人でできることは終わらせてしまいたい。時間を無駄にする気はない。  1人でいる以上、夢は見れないし扉を覗くのもリスキー。だが気になっていたこと、呪いの性質が変わったかどうかを確かめる方法が1つだけある。呪いの姿をこの目で見ることだ。そう思った途端首筋がざわめき始めた。気は進まないが仕方がないな。  高台のマンションを出て駅に向かう。  正面右手に16階建ての辻切ツインタワーがそびえ、そこから左手側に駅ビル、南口の華やかな商業施設と歓楽街のビルに向けてなだらかに光の粒が流れていく。ネオンの煌めき、人の息遣い。この華やかな人いきれは少し苦手だ。空を見上げても残念ながら星は夜景に押されてほとんど見えなかった。辻切の夜は寮のある新谷坂と違って騒がしい。少しだけため息をついた。  足早に騒がしさを通り過ぎ、電車に乗って最初の駅を降りる。しばらく歩いて見上げたあの家に続く坂道。夜でもわかるあの紫色に歪んだ景色の下にあの家がある。あの家が見える角まで行かなければ安全だろう。その少し手前で引き返す。北辻を降りた時点で首筋の違和感が強まった。最初に来たときより少し反応は強いだろうか。  相変わらず坂道を呪いが蕩々と滑り落ちて来る。ただ以前感じた流れ来る闇に妙にザワついたものがまじっていた。あの家で感じた通りなら恐らくはこれは『呪いの媒体』だ。家に近づけばノイズが増す。  やはり過去の夢だからではなく、呪いの性質自体が変わったのだろうか。ザワついたものから聞こえるヴヴヴというノイズは蠅の音だろう。不快だな。  やばくなったらすぐ引き返す。そう思ってもう少しだけ坂を上る。家はまだまだ遠い。以前より首筋のざわめきが大きい気がした。少し歩を進めるとヴヴヴという違和感が強まる。手のひらを見る。夢で見たような黒い粒が手のひらの上を漂い、手のひらの上にひたと乗る。  大量不審死事件のバイアスの『呪いの媒体』は虫だ。おそらくこの黒いノイズが呪いを運んでいる。 『逃げて』  その瞬間、割れるような頭痛が響き、膝をつく。  その瞬間、額の古傷が警告を発する。俺は呪いの性質の変化と自分の勘違いに気付いて慌てて膝を上げる。 『逃げて』  頭を殴られたような、先ほどとは段違いの頭痛。氷を奥歯で噛み締めたときのようにこめかみに痛みが響く。黒い粒に少しだけ皮膚を齧られた。まじか!?  弾かれたように一目散に逃げだす。途切れかけそうな意識を奮い立たせる。ヤバい。この呪いはヤバい。俺も食われる。早くここから離れないと。チクリとまた表面が齧られる。見ると下半身が黒い粒に覆われ始めていた。夢の中のように黒い粒を振り落とすこともできず、体に滞留して離れない。ズキリと額の傷の熱が増す。  タクシーを探しながら全速力で北辻駅まで走る。走りすぎて息が切れる。でもそんなこと言ってられない。逃げろ。途中、視線を感じて一瞬目を上げる。久里手柚。だがそんなことを気にする余裕は全くなかった。チクリ。脇をすり抜け走り去る。背中に視線を感じた気がした。 「公理さん!? どこにいる。急ぎだ」 「んん? あれ? ハル外?」 「急いでマンションに戻ってほしい、下手踏んだ」 「はぁ? 何やってんの!? すぐ戻る」  俺は電話を掛けながらちょうど見つけたタクシーに飛び込みマンションに急ぐ。部屋の前で公理さんと落ち合い、一番強い酒を受け取り煽った。
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