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なんだこれ、おかしいだろ、なんだこの地獄の窯みたいな場所は。呪いの家に近づく前にすでに異常は明らかだった。坂の上から瘴気とも言えるような黒い闇が滔々と零れ落ちていた。穢れ、汚染、そういったイメージのヒンヤリしたなにかが、坂の上からざらざらと流れ出て、足首に一瞬絡んでさらに下に滑り降りていく。
それに坂の上からはずっと叫び声が聞こえている。耳を塞ぎたい。この場所はおかしすぎる。
誰か助けて! 柚ちゃんを助けて! 誰でもいいから!
空気が大きく膨れ上がり、裂けるように震え、ぶわんと破裂して音になって響く。それが繰り返されている。
「公理さん、無理、ここ、まじでヤバい。こっからでも死にそう」
「えっ? まだ見えてもないじゃん、んーあと100メートルくらいはあると思う」
「わかってる、ちょうどあっちの方向だよね」
俺は地図アプリを開く公理さんに、左に迂回する坂道とは反対方向の右手奥を指し示す。
「うん、そう、わかるもんなの? やっぱそんなにヤバい? まじか」
「そんなにヤバい。この辺に人が住んでるのが信じられないくらいヤバい、まじで」
公理さんは真っ青な顔を巡らせながら坂の上を眺めた。
坂道に沿って住宅街が並んでいて、その上の空は青く澄んでひつじ雲がぷかぷか浮かんでいた。だが、その家のあるあたりだけ写真のフィルムが一部変色したかのように、空が薄く紫色に染まっていた。
「わかった、ハルはここまででいいや。俺はちょっと行ってくる」
「いや、無理だって。肝試しで死んだら元も子もないだろ」
「ん……」
公理さんは整った眉を少し下げて口を開く。
「肝試しじゃないんだよね、その家に俺の友達が住んでる」
「ハァ? あんな場所に人が住めるわけない」
「見えないと案外気にならないもんかもよ」
「いや、あんたは見えるほうだろ」
俺は幽霊は見えないが公理さんは見える。
なら、ヤバいのはわかるはずだ。だから公理さんの顔色はさっきより悪く土気色になってる。
「生きてるよ、俺の友達は。だって半年くらい前に引っ越して、今も働いてるもん」
信じらんねえ。
「そいつは人間なのかよ?」
「うん、人間。でも最近調子が変になってる気がしてさ、だから様子見ようと思って」
「……それなら職場で捕まえたほうがいい。ここは無理」
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