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あれは春の初めのある日。庭にある桜の木の芽が少し膨らんでいた頃。
男の子が死んじゃった。お母さんも死んじゃった。
お母さんは死ぬ前に優しい声で柚ちゃんを部屋に呼びに行ったけど、柚ちゃんは鍵を開けなかった。
その2日くらい前から、柚ちゃんは部屋に閉じこもって鍵をかけていた。おせんべいとかお菓子をいっぱい持って。お母さんはずいぶんいろんなことを言って柚ちゃんを部屋の外に出そうとしてたけど、柚ちゃんは鍵を開けなかった。
男の子とお母さんが死んじゃってから5日くらいたってからかな、柚ちゃんの学校の先生が僕の家に訪ねてきた。チャイムが鳴った。
柚ちゃんは急いでベランダに回って助けてって叫んだ。僕の庭には桜の木が一本あって、それが満開に咲いていて、窓をあけた柚ちゃんの周りにピンクの花びらがたくさん舞っていた。
柚ちゃんの声を聞いた先生は警察を連れてきて部屋に入って、柚ちゃんを連れ出した。
位波さんたちが住み始めてから半年くらいで、僕の家には生きてる人は誰もいなくなってしまった。
さようなら、柚ちゃん。僕の家で幸せになれなくてごめん。
どうか幸せになって。
死んでる人は住んでいる。
お母さんと男の子の2人の体は警察という人が持って行ったけど、死んだ瞬間に体から飛び出たお母さんと男の子は変わらず僕に住んでいて、死んじゃった前の日のおやつの時間から死んじゃった時まで、同じ日を繰り返している。どうせなら、引っ越してきた日を繰り返して欲しいのに。
2人が動いたり消費するエネルギーは、なぜか僕にたまっていった。2人は少しずつ小さくなってるから、そのうちいなくなるのかな。
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