143人が本棚に入れています
本棚に追加
「あんた、そんなに奥さんを殺したいのか」
何!? 何を言う 私は妻のためを思って
お、激高したな。初めて影の声に熱がこもる。
ようやくの小さな変化。ここから話を広げたい。
「奥さん、出ていきたがってるぞ、もともと貝田さんに会いたくないんだ。ちゃんと話を聞いてやれ」
……出ていきましょう、あなた
そんな……
しかし
「奥さんはずっと逃げたがっていた。でもあんたらが貝田さんに殺させ続けてる、もう何年もだ」
「ハル、鬼おばさんが動いた。多分こっちに来る」
振り返ってもやはり俺には何も見えない。だがもう時間がない。
後ひと押しが遠い。間に合うか?
「貝田さんの奥さんが動いた。もうすぐこの家に来る。今ならあの窓から逃げられる」
しかし……
「あんた、そんなに奥さん殺したいのか、そっちのあんたもだ。あんたも呪われる。そのせいであんたがそこのお母さんをバッドでボコボコにして撲殺する、いいのか」
「うわぁ、ハルまじで鬼」
うるさい。自分でもちょっと酷い言い草だなと思うが、頭の固い幽霊にはこのくらい言わないと効かない。それに脱出が最優先だろ?
この「しかし」のくり返しを吹き飛ばすほどの衝撃が必要。
そんな……俺はそんなことしない!
「はっきり言う。あんたがあんたを助けようとしたお兄さんをバットで殴り殺す。お兄さんがそっちのお母さんを逃がそうとした弟さんを殴り殺してお母さんを滅多打ちだ。貝田さんが来れば今日もそうだ、あんたら2人、そんなに家族を殴り殺したいんだな? これから先も永劫に毎日の日課として」
そんな……
俺は……
出ていきましょう あなた 基広 永広
差し込まれたその声に広がる不思議な静寂。間に合うか。あんたの奥さんの心からの言葉だ。間もなく貝田さんが来る。その前に届け。
すると、ふう、と1つ溜息が聞こえた。
わかった、逃げられるのか?
よし。ようやく俺に向けて直接声がかかった。ようやくくり返しから外れた。今だ、再び呪いに飲まれる前に。
「その窓に弟さんがお母さんを逃すために開けた隙間がある。そこから庭に出られる。この連環を終わらせろ」
ガタと立ち上がる音とともに俺の脇を複数の風が通り過ぎた。
「ん、4人出てった。そんで、なんかキラキラ光って空に登った。成仏したのかな?」
「どうかな、まずは1つ。貝田さんのご主人はまだいる?」
「うん、なんかぼーっとしてる、あの鬼おばさんはどうするの? 俺、見たくないんだけど」
その時、ピンポン、と音が鳴る。
最初のコメントを投稿しよう!