-7 第一夜の終わり

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 来た。こいつらは霊だ。同じ行動をくり返す以上、わざわざ扉を開かなくてもすり抜けて勝手に入ってくるだろう。  しばらく後、ブツブツと呟く声が酷いにおいを漂わせながら廊下を通り過ぎて階段に向かった。そうか、これは貝田さんを殴り殺した時の血と脳漿の匂いか。相変わらず俺に霊は見えない。夢なら影が見えたんだがやりづらいな。階段に背を向ける。その瞬間手が強く握られる。 「公理さん、貝田弘江に『黒い幽霊』や瘴気はついているか?」 「今のところついてない、でも無理。まじ鬼。ハル、俺もう逃げたい」 「貝田さん、聞こえるか?」   あぁ  絶望を潜ませたため息。 「あれが今の奥さんの姿だ」   ……どうしてこんなことになってしまったんだろう 「嘆いても仕方がない。奥さんはこの家にいる限りあのままだ。だが何とかしたい。橋屋の4人も説得できた。きっと何とかなる。おそらくこの後奥さんは自殺しようとする。それを止めたい。口添えを頼む」   わかった 弘江  2階に上がる足音が途切れてしばらくすると、ぼたぼたと天井から赤黒い瘴気が降ってくる。始まった。  いざという時のために庭への脱出口の前に立つ。 「ハル、なにこれ? 黒いのがどんどん降ってくるんだけど」  空気に混ざる瘴気の密度に息が苦しい。首筋が泡立ち、額の傷が痛む。どうやら夢より予兆が早い。扉は夢より危険なのか?  窓際に立つ。ずりずりとした足音が2階から降りてくる。  赤黒い瘴気が流れ出て、それにすっぽり包まれた貝田弘江と思われる黒い塊が現れた。これなら見える。霊ではなく呪いならば。  貝田弘江は踊り場で立ち尽くし、赤黒い瘴気はぼたぼたと流れ落ち続ける。もう膝まで浸かっている。まずいな、口まで塞がると死ぬ気がする。太ももの中ほどまで来たとき、貝田弘江から黒い塊が突然剥がれ、その場にいたはずの貝田弘江を見失った。左右を見るが見当たらない。  なんだ? 突然どこに行った? 見失うのはまずい。まずいぞ。どこにいるかわからなければ呪いをときようがない。公理さんと握った手に汗が溢れる。 「公理さん、今から振り返る。貝田弘江がいるか確認してくれ!」 「え? ちょ!? うわ!? やめて! 起きて! 何この部屋、気持ち悪い、無理!」 「黙れ。俺は起きないぞ。正念場だ。見ろ。貝田弘江はどこにいる」 「ええっえっと、部屋に入って、あ、右、いや左向いて? 今電話かけてる」  電話?   助けて、人が襲われて……  110番は貝田弘江か。黒い瘴気の固まりではなくなったということはこの時点で貝田弘江の呪いがとけて、正気に戻ったということか? 哀れな。だが、呪いに塗れていないということは説得がしやすいかもしれない。 「なんかエプロンよじってる、何」 「弘江さん、聞こえるか?」   ……誰? 「ご主人を連れてきた」   私は主人を殺してしまったの 「知ってる。貝田さん、奥さんに呼びかけろ、このままだと自殺して、また毎日を繰り返す」
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