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「泰斗、よかった、あの」
振り向いたら玄関ドアがポッカリ開いていて、そこに泰斗はいなかった。
嘘。
ドアの奥の暗がりで何かが動く気配がした。
そういえば気を失う直前に私といたのは泰斗だ。
玄関の内側。そこはまるで黒いカーテンでもあるようにぽっかり暗く、ひゅうとあの臭いが漂ってくる。少し奥に私が降りてきた階段の明かりが揺らいでいる。そのさらに奥で、何かの影がごそりと動いた。
「亜李沙、俺、宝物見つけたよ」
不釣り合いなとても幸せそうな、明るい声。
宝物……? そういえばもともとはそんな話だった。
「そんなことより早く逃げよう! 2階にたくさんの」
「どうして? 宝物を見つけたんだよ? 2階で」
2階……?
何かが玄関の奥から近づいてくる。階段の明かりの下を通った時、一瞬姿が見えるかと思ったけれども何故かざわさわと真っ暗で、それはやがて真っ黒なまま玄関に到達した。私の1メートルほど向かいに。
「亜李沙?」
その闇の中から泰斗の声が聞こえた。これは泰斗なの?
なんだろう? すぐ近くにいるのに姿が見えない。玄関が暗いせいなのかな。
ゥゥヴヴゥ
何か変な音がする。それに、あの臭い。嫌だ。あれは。考えたくない。頭が考えることを拒否する。
「亜梨沙?」
泰斗がこちらに手を伸ばす。そこはまだ街灯の届かない場所。でもそれにしても泰斗の手も不自然に暗い。そしてその手はもざもざと表面がざわついているように見える。
何かすごく嫌な感じ。ぞわぞわする。嫌。でも。何、泰斗? 何が起こっているの?
「亜李沙」
その泰斗の優しそうな声で話しかける黒い何かはさらに手を伸ばし、私の手を掴んだ瞬間ぶわりと臭気を撒き散らしながらたくさんの黒い粒が飛び立ってその手から私の体にぞわぞわと這いあがる。
口からヒィッという変な音が出て、私は再び崩れ落ちた。
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