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その日、ハインズは時計塔の鐘が鳴りだす前に、その大きな時計の針を三分遅れさせた。
普段時計塔の鐘が鳴りだす三分後に、鐘はいつもの綺麗な音を街中に響かせた。
ハインズはその時街の様子を時計塔の最上階で、いつも彼女がそうしていたようにその窓枠から見ていたが、町の人はだれ一人としてその時時計塔の方を見なかった。
ズレた時計の時間に怒り出すことも、それに気が付くこともなかった。
実際の所、一分が三分に変わったところで何も変わらないのだ。
今この時時計塔の鐘の音を聞く全ての人の時間が三分間遅れているというのに、今は少しも変わらない。狂った時間への人々のあまりの関心のなさと言ったら! ハインズは可笑しくて、涙が出るほど笑った。実際、馬鹿らしくて涙が出た。
その時一つ確かなことがあったとするなら、一分が三分になる事はあっても、平等に時は戻らないということだけだった。
ハインズはようやく、彼女が壁に黒いインクをぶちまけていった気持ちが分かったような気がした。
そして気が付いたのは、幼い頃のハインズが住むところを決められていても時計塔で遊んでいたように、今のハインズもまた、朝ごはんを自由に出来るのだ、ということだった。
彼女があの落書きを黒いペンキで蓋をすることを選んで、そしてそれをやめることを選んだようにまた、ハインズも選ばなければならなかった。
ハインズは時計を嫌いになることも、黒いペンキを壁にぶちまけることもしようとは思わなかった。
とりあえずハインズが思うのは、明日の朝食はキミが垂れない程に程よく半生な目玉焼きを乗せたハムエッグにしようということに限るのだった。
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