第一話:憂う春、君の視線

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第一話:憂う春、君の視線

 始業式の開始を告げるベルが轟き、校内が静まり返る。人の気配がなくなった渡り廊下を歩く一人の少年は、最低限の荷物を手に、保健室の扉を開けた。 「あ、朝比奈君。おはよう」  交友的に挨拶をしたのは、養護教諭である佐々木里佳という女性だ。佐々木は入室した彼を一瞥し、手をつけていた事務作業に戻った。  彼、――――朝比奈穂希(あさひなほまれ)は、高校に入学した当事から保健室に通っている、いわば別室登校の生徒だ。  辛うじて進級した今年も、穂希は惰性的に保健室を訪れた。いつものように、間仕切りのカーテンを開けて、ベッドに腰を下ろす。 「初日からちゃんと来て偉いじゃん」 「こういう日は何かと持ち帰るものがあるから。家まで来てもらうのも申し訳ないしね」  カーテン越しに聞こえた賞賛に、穏やかな返事をする。そこで会話は終わったのかと思いきや、そろりとカーテンが開いた。 「……今日せっかく来たしさ、教室に書類だけでも取りに行かない?」  過敏な神経を刺激しない為、佐々木は意図的に語気を和らげているように思えた。  配慮をまざまざと感じ取った穂希は、詫びたい気持ちを抑えて首を横に振る。 「皆帰ったら行く。……俺が教室に行ったら、皆気持ち悪がるだろうし」  佐々木は当たり障りない返事だけをし、それ以上の発言をすることはなかった。
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