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廊下にある掛け時計を見遣る。授業が終わるまで、あと5分だ。柱に凭れ掛かり、穂希は終鈴が鳴るのを待った。
――――自分でも、不思議だった。
明らかな異質さを白眼視されることを承知した上で、この足をまだ一度も踏み入れた事のない教室の前まで運んだのだ。
佳澄椿と話をする、たったそれだけの為に。
不可解な欲求に戸惑いながらも、穂希の中に引き返すという選択肢はなかった。
教師の号令の後、チャイムが響く。
全ての授業を終えた生徒たちは早々と帰り支度をし、教室を後にする。
そして、大半が穂希の姿にギョッと驚き、小走りで目の前を通り過ぎていった。
うわ! やばくない? 誰? あれ見て。あんなの初めて見た。キモイ。
心無い声の数々が、頭の中を交差する。怒りや苛立ちなどは、一切感じない。ただひたすらに、申し訳なさが募る。
興味深そうに瞥見する者。何度か振り向く者。友人と共に囁き合う者。
それらの視線を浴びながら、何とか顔を上げていた穂希の視界に、やたらと姿勢の良い少年の姿が映った。
「椿!」
椿は立ち止まり、瞠目する。クラスメイトの耳目を気にしつつも、足早に歩いてくる。
「穂希くん、どうし……」
顔から、柔らかな相が消えた。
それは明らかに、血の滲んだ包帯を見た瞬間のことであった。
――――予想が、確信に変わった。
「椿、話したいことがあるんだ。保健室で待ってるから一緒に帰らない?」
訊ねると、彼は紅潮した顔を隠すように目を逸らし、頷いた。
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