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校庭を出て人気の無い場所に出るまで、二人の間に会話はなかった。
今一度周囲を確認してから、椿が小さく口を開く。
「……穂希君、今日はわざわざ教室まで来てくれてありがとね」
語気に、普段から要領が良い彼の優柔さを垣間見る。どこかぎこちない態度で、彼は続けた。
「この間はごめんね、勝手な事して」
「気にしないで。……それより、ひとつ聞いてもいい?」
「……うん」
肯定的な返事とは裏腹に、椿の表情は揺らいでいた。あの会話を最後に、日課となっていた勉強会は途絶えたのだ。どんな質問をされるのか、ある程度の予想はついているのだろう。
穂希にも、気の迷いが微塵も無いわけではない。けれど、どうしても確かめたかった。
「椿は、傷を見るのが好きなの?」
椿が足を止める。言いたいことがあるのに言い出せない子供みたいに、口を噤んでいる。
「……えっと……。……ごめん、気持ち悪いよね」
胸に絡まっていたものが、スッと解ける。
漠然とした返事よりも、悲しそうに笑うその顔こそが、答えのように思えた。
「大丈夫。でも、ちゃんと教えて」
椿を見据えると、彼は笑顔のまま、眉を下げた。
「……僕、昔から……その、傷とか怪我をしている人にすごく魅力を感じるんだ。……男とか女とか関係なく、そういうのにドキドキしてしまって……。変だって分かってるから言わないようにしてたんだけど、……穂希君があまりにも綺麗だったから……ごめん、失礼だよね」
吐露された言葉の意味を、不思議なほどにすんなりと理解する。
謎めいていたこれまでの彼の言動にも、これで合点がいく。
だが、晴れ晴れとした気持ちになるのはまだ早かった。穂希には、もうひとつ確認しなければいけないことがあるのだ。
「あの『好き』って、告白として受け取ってもいいの?」
回答を求めると、メガネレンズの奥の瞳が照れ臭そうに笑みを描いた。
「困らせてばっかで、ごめんね」
「ううん。恋とかよく分かんないけど……いいよ」
「いいって……?」
唖然とする様子がおかしくて、穂希は控えめな笑声を洩らした。
「付き合おうってこと。どんな理由でも俺のこと好きって言ってくれて嬉しかったから。……それに、椿が来ない間、なんかすごく寂しかったんだ」
夕陽を背に、視線が絡み合う。
椿は顔を真っ赤にして、すぐに俯いてしまった。
彼は、完璧な人間だとばかり思っていた。しかし、当然そんな事はなかったのだ。
「……穂希君は、優しいね」
はにかむ椿の口元が、幼さを残して綻ぶ。
痩せた身体を摩る春風が、今日はなんだか心地好かった。
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