第二話:終わりは春を連れ立って

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 校庭を出て人気の無い場所に出るまで、二人の間に会話はなかった。  今一度周囲を確認してから、椿が小さく口を開く。 「……穂希君、今日はわざわざ教室まで来てくれてありがとね」  語気に、普段から要領が良い彼の優柔さを垣間見る。どこかぎこちない態度で、彼は続けた。 「この間はごめんね、勝手な事して」 「気にしないで。……それより、ひとつ聞いてもいい?」 「……うん」  肯定的な返事とは裏腹に、椿の表情は揺らいでいた。あの会話を最後に、日課となっていた勉強会は途絶えたのだ。どんな質問をされるのか、ある程度の予想はついているのだろう。  穂希にも、気の迷いが微塵も無いわけではない。けれど、どうしても確かめたかった。 「椿は、傷を見るのが好きなの?」  椿が足を止める。言いたいことがあるのに言い出せない子供みたいに、口を噤んでいる。 「……えっと……。……ごめん、気持ち悪いよね」  胸に絡まっていたものが、スッと解ける。  漠然とした返事よりも、悲しそうに笑うその顔こそが、答えのように思えた。 「大丈夫。でも、ちゃんと教えて」  椿を見据えると、彼は笑顔のまま、眉を下げた。 「……僕、昔から……その、傷とか怪我をしている人にすごく魅力を感じるんだ。……男とか女とか関係なく、そういうのにドキドキしてしまって……。変だって分かってるから言わないようにしてたんだけど、……穂希君があまりにも綺麗だったから……ごめん、失礼だよね」  吐露された言葉の意味を、不思議なほどにすんなりと理解する。  謎めいていたこれまでの彼の言動にも、これで合点がいく。  だが、晴れ晴れとした気持ちになるのはまだ早かった。穂希には、もうひとつ確認しなければいけないことがあるのだ。 「あの『好き』って、告白として受け取ってもいいの?」  回答を求めると、メガネレンズの奥の瞳が照れ臭そうに笑みを描いた。 「困らせてばっかで、ごめんね」 「ううん。恋とかよく分かんないけど……いいよ」 「いいって……?」  唖然とする様子がおかしくて、穂希は控えめな笑声を洩らした。 「付き合おうってこと。どんな理由でも俺のこと好きって言ってくれて嬉しかったから。……それに、椿が来ない間、なんかすごく寂しかったんだ」  夕陽を背に、視線が絡み合う。  椿は顔を真っ赤にして、すぐに俯いてしまった。  彼は、完璧な人間だとばかり思っていた。しかし、当然そんな事はなかったのだ。 「……穂希君は、優しいね」  はにかむ椿の口元が、幼さを残して綻ぶ。  痩せた身体を摩る春風が、今日はなんだか心地好かった。
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