第一話:憂う春、君の視線

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 再び椿が保健室を訪れたのは、それから一週間後のことであった。  初対面の際、椿の一瞬の表情の変化を見逃さなかった穂希は、もう彼はここには来ないと思い込んでいた。ゆえに、驚きを隠せなかった。 「今日はノートを持ってきてみたんだ。……困ってると思って。余計なお世話だったらごめんね」 「あ、ううん、助かる」  これは紛う方なき、事実だ。  教室に馴染む事が出来ない上、勉強が苦手な穂希は、昨年も学業で酷く苦しんだ。学校生活においてマンツーマンで指導してもらうことも難しい為、今年はどう乗り切ろうかと困っていたところだったのだ。  心から感謝し、五冊ほどあるノートの、一番上に乗っていたものを捲る。  穂希が最も苦手とする数学の授業の内容が、整然と纏められている。 「凄い……」  文字や要点、図形の配置など、全てが完璧で分かりやすく、自然とそんな言葉が零れる。 「他のも見ていい?」 「もちろん」  一通り閲覧するも、欠如した部分が見えることはなかった。  圧倒されるあまり声を失っていると、椿が口を開いた。 「明日も学校来る?」 「……うん、多分」 「そっか。じゃあ明日もここに来るね」  佳澄椿という人間はまさに優等生そのもので、自身とはまるで全てが違っていた。もはや次元が違いすぎて、劣等感すら忘れる程だ。  だからこそ、椿が会いにくる理由が分からなかった。  単なる優しさか、同情か。それとも優等生にしか分からない意地のようなものなのか。  時々手首の切創に視線を感じながら、穂希はぼうっと考えていた。
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