67人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話:憂う春、君の視線
始業式の開始を告げるベルが轟き、校内が静まり返る。人の気配がなくなった渡り廊下を歩く一人の少年は、最低限の荷物を手に、保健室の扉を開けた。
「あ、朝比奈君。おはよう」
交友的に挨拶をしたのは、養護教諭である佐々木里佳という女性だ。佐々木は入室した彼を一瞥し、手をつけていた事務作業に戻った。
彼、――――朝比奈穂希は、高校に入学した当事から保健室に通っている、いわば別室登校の生徒だ。
辛うじて進級した今年も、穂希は惰性的に保健室を訪れた。いつものように、間仕切りのカーテンを開けて、ベッドに腰を下ろす。
「初日からちゃんと来て偉いじゃん」
「こういう日は何かと持ち帰るものがあるから。家まで来てもらうのも申し訳ないしね」
カーテン越しに聞こえた賞賛に、穏やかな返事をする。そこで会話は終わったのかと思いきや、そろりとカーテンが開いた。
「……今日せっかく来たしさ、教室に書類だけでも取りに行かない?」
過敏な神経を刺激しない為、佐々木は意図的に語気を和らげているように思えた。
配慮をまざまざと感じ取った穂希は、詫びたい気持ちを抑えて首を横に振る。
「皆帰ったら行く。……俺が教室に行ったら、皆気持ち悪がるだろうし」
佐々木は当たり障りない返事だけをし、それ以上の発言をすることはなかった。
最初のコメントを投稿しよう!