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手のひらに囁いた言の葉 *
「……俺の誕生祝いだから、そこまで着飾ってくれたのか」
驚いたことに、ユーロスは自身の誕生日のことをすっかりと失念していたらしい。エンがロウたちと一緒に作ったパイを出すと『美味しい』と喜んでくれた。
いつものように水浴びを終えると、風呂番をしている女中に呼ばれて、エンは普段と違う作りをした寝間着を渡された。広げてみると、布が普段着ているものよりも薄く思える。ニコニコとしている女中に、首元には香油を付けると良いだとか、この首飾りをつけると良いなど言われておとなしく付けてみる。しかし、何が女中には楽しいのか、エンにはいまいち分からない。この手のものは散々付けられたからか、自分でも笑えないくらい抵抗がなくなっていた。
「随分ゆっくりとしていたな」
本を読みながら寝台で寛いでいたユーロスが、戻ってきたエンを見て、ぽろっと本を落とした。
「ユーロス、落としましたよ」
途端に気恥ずかしくなり、照れを隠そうとして本を拾おうとしたエンの手首を、ユーロスが自分の方へと引き寄せた。均衡を崩して、そのまま広い寝台へと転がり込む。
「びっくりしたあ、……っ、ユーロス……?」
「……すごく、いい香りがする」
香油を勧められて――それで。続けたかったエンの言葉は、あっけなくユーロスに奪われてしまった。
「触れても、大丈夫か」
たっぷりと口づけを受けた後。首筋を軽く食まれながら問われて、エンは必死に頷き返すと、体位が変わって、エンがユーロスを見下ろす格好になった。エンの翼のことを気にしてくれたらしいのだが、熱を帯びた指で、寝間着を剥かれてしまった背中に触れられると、体中が一気に熱くなる。
「ゆろっ! せ、せなかは……!」
「気持ち良いのか?」
ちが、と頑張って答えても、中々背中から指が離れてくれず、無意識に腰を振ってしまう。それから、ユーロスを受け入れる場所をじっくりと濡らされて、丁寧に愛される感覚に堪らずエンは声を漏らしていた。
「……も、いい……から」
気持ち良さに、エンは耐え切れなくなった。たっぷりと濡らされた己の後孔に、硬く太ったユーロスの雄を充てて、自分の重みを使ってゆっくりと収めようとしたが、上手くいかない。下から突き上げられて、エンは喘いだ。
「や、やっと……ひとつに、なれた」
「……あまり可愛いことを言うと、酷くしそうになる」
いいよ、と返したつもりだったのに。
「っぁ……っぁあっ! ……んぅ」
緩く、しかし奥深いところまでユーロスの雄芯に突かれて、言葉にならない喘ぎしか出なくなる。そこからどうやって快楽を追っていけばいいのか、記憶はなくても身体は覚えているようだった。
「あぁっ……んっ、ゆろ、……っ……あ、っ」
気持ち良い、としか言えないエンを、上体を起こしたユーロスが抱きしめてくる。より深く繋がった感覚の気持ち良さに、勝手に涙が出るのまで、拭われてしまった。
それから朝まで、声が枯れるくらいじっくり丁寧に抱き続けられて、『もし穢れた自分の身体を嫌がられたら』といった懸念も、あっさりと流されてしまったのだった。
「……相変わらず、朝は早いな。無理をさせてしまった。もっとゆっくり、寝ていたらいい」
いつも通り目が覚めたエンを、ユーロスが寝台に腰かけて見ていた。身体は気怠いけれど、ふわふわとした不思議な幸福感がある。甘えてこのまま寝てしまおうかな、とエンが微睡んでいると、ユーロスが覆いかぶさってきて、エンのうなじに口づけてきた。
「くすぐったいです」
「次の冬は、エンの故郷を覗いてみないか。人に会わなくても……思い出せなくても。エンが育った場所を、俺は見てみたい」
ユーロスは、優しい。きっとまだ、エンが失ったものを後悔しているのかもしれない。エンは笑ってユーロスの手を取った。いつから起きていたのか分からないが、まだ朝は冷える時期なのでユーロスの指は冷たかった。
「……野鳥探しなら、一緒に行きたいです。南にしか売られていない苗もあるし……でも、次の冬は北の国の雪かきに行かないと」
そうだったな、と真面目に返してきたユーロスが面白くて、何よりも愛しくて。自分よりも大きな手のひらを己の手の中に包み込みながら、「愛しています」と青年はそっと囁いた。
――少し月日はめぐり。
「領主さま、アネモイさま、ようくいらっしゃいましたねエ!」
初夏に差し掛かった頃、ユーロスの領地巡りにエンも同行させてもらえることになった。エンはユーロスの屋敷から離れるのが嫌で、ユーロスが不在の時はほとんど屋敷の中で本を読むか使用人と一緒になって働いたりしている。
しかし、ユーロスと共にどこかへ行くこと――特に、ユーロスの領地巡りは大好きだ。この土地の人間たちは穏やかで勤勉だし、エンに優しい。ユーロスの人格がそのまま反映しているのだ、とすら思う。
それに、『アネモイ』という名前ですっかりと定着しているのが、新しい自分がこの土地に受け入れられた証拠にも思えて密かに嬉しかった。
ユーロスの馬に同乗させてもらい、程なくして最初の集落へと到着する。エンは興奮を隠しきれず、ひらりと馬から飛び降りると、ユーロスに続いて真っ先にこの集落の長の家へと向かった。
「お手紙、ありがとうございました!」
「はい、アネモイさまが喜ぶだろうと思いましてねエ」
はきはきとした声で答えると、長は集落の外れにある草原へとエンを案内してくれた。広々とした初夏の草原には爽やかな風が吹きわたり、母馬にじゃれる仔馬の姿が見られた。ぱあ、とエンが顔を明るくしていると、隣にいるユーロスがふいに笑った。
「本当にエンは動物が好きだな。幼い子どもみたいな顔をして」
「そ、そんなに変な顔をしていますか?」
急いですました顔を作ったものの、何がおかしいのかユーロスはまだ笑っている。
「可愛いと思っている。……あそこにいる仔馬がいずれ大きくなったら、屋敷に引き取ろうと考えていた。空を飛ぶのも気持ち良いだろうが、一緒に馬で駆けるのも楽しそうだと思わないか?」
「ほんとう?!」
弾んだ声で聞き返したエンに、ユーロスが頷く。差し伸ばされた手が、ゆっくりとエンの伸びかけた髪に触れてきた。
「でも、母馬から離したら……かわいそうなのでは」
「もちろん、大きくなったらだ。それまでは、無理して俺に付き合わなくてもいい」
ええ?! とエンは慌てると、自分に触れていたユーロスの手を急いで掴んだ。
「あの、邪魔にならないよう頑張って小さくなりますし、ずっと飛んでいるのも平気なので……置いて行かないでください」
掴んだままのユーロスの手に、自分の頬をすり寄せる。びくりとユーロスの指が動いて――そっと彼の顔を見つめると、もう片方の手でユーロスは自身の顔を覆っていた。
「ユーロス、顔が真っ赤ですよ?」
「……可愛すぎるのも、問題だな……」
ユーロスが咳ばらいを一つしたところで、「お食事ですよオ!」と明るい長の声が響く。
「お食事! 楽しみですね」
そう明るく話しかけたものの、顔が赤くなったユーロスと一緒にいると、なぜかエンまで恥ずかしい気持ちになってくる。紅潮した顔を隠すために、ユーロスの体に抱き着いたところで、「おれにとっては……ユーロスと一緒にいられることが、幸せです」と小さな声で囁く。
馬たちが駆け去っていく足音や、咲き誇っていた花の終わりを告げる、風の匂いや。
ユーロスに強く抱き返され、深く口づけられるとそれらは一気に遠ざかっていき――彼の声しか、聴こえなくなるのだった。
Fin.
※最後までお付き合いの程、ありがとうございました!
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