第1章 祓戸の神

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「えーと、食い逃げの人は置き引きをして逃げてたんだよ。それで僕が追いかけていって、盗まれたバッグを取り戻して……ああ、違うか。取り戻したのは祓戸の神か」 「ハラエドノカミ?」 「うちの神さま」 「……?」 「その話はあとでするとして、バッグが戻ってきて飲み屋のお客さんは喜んでた。けど食い逃げならびに置き引き犯は逃げていっちゃったから、飲み代の回収は今のところ厳しいな。その人が心を入れ替えてくれない限り……」  詩は雨に()れて冷えただろうソンミンのために、ホットラテを作りながら説明した。 「置き引きならびに食い逃げの人が、心を入れ替えるとは思えませんけど。……ああ、あったかいのありがとうございます」  彼はマグカップを両手で抱えて息をつく。 「僕は人が心を入れ替えるのなんて見たことありませんからね。昨日のブルマンの人もきっとお金を払いに来ませんよ」 「そうだね……。その予想に関してはミンくんの意見が当たってたみたい」 「ん?」  ソンミンがカップから顔を上げた。口元に白いひげが付いている。 「あのね、その人が祓戸の神、うちの神さまだったみたい」  詩は困惑を隠さずに説明した。  ソンミンはカウンターでラテをすすりながら思案顔になる。 「それはつまりこういうことですか? 店長の大事にしている神さまは、商売を繁盛させるどころか疫病神だったと」 「疫病神は言いすぎだよ……」  奥の神棚に聞こえていないかヒヤヒヤする。 「いや、どう考えても疫病神でしょう。少なくとも役立たずだ」 「えーと、そんなことはないと思うよ……?」 「その神さまはクビにしてバイトにボーナスを出しましょう」  話があらぬ方向に行ってしまってびっくりした。 「え、ミンくんボーナスが欲しかったの?」  思わず頭の中で電卓を(たた)く。1万円くらいならどこかからひねり出せるだろうか?  考えていると、ソンミンがカウンターの向こうから身を乗り出してきた。 「映画か美術館のチケットを2枚ください。それで僕とデートしましょう」 「それは、ボーナスっていうのとはちょっと違うような……。でも、それくらいなら」  頭の中の電卓が、ポップコーン代込み約5000円の金額を弾き出した。 「やった!」  ソンミンがガッツポーズをする。そこでちょうど店のドアベルが鳴った。 「いらっしゃいま――」 「ああーっ!!」  ソンミンの大きな声が店に響く。  雨粒を払いながら入ってきたのは、疫病神こと祓戸の神だった。
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