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「えーと、食い逃げの人は置き引きをして逃げてたんだよ。それで僕が追いかけていって、盗まれたバッグを取り戻して……ああ、違うか。取り戻したのは祓戸の神か」
「ハラエドノカミ?」
「うちの神さま」
「……?」
「その話はあとでするとして、バッグが戻ってきて飲み屋のお客さんは喜んでた。けど食い逃げならびに置き引き犯は逃げていっちゃったから、飲み代の回収は今のところ厳しいな。その人が心を入れ替えてくれない限り……」
詩は雨に濡れて冷えただろうソンミンのために、ホットラテを作りながら説明した。
「置き引きならびに食い逃げの人が、心を入れ替えるとは思えませんけど。……ああ、あったかいのありがとうございます」
彼はマグカップを両手で抱えて息をつく。
「僕は人が心を入れ替えるのなんて見たことありませんからね。昨日のブルマンの人もきっとお金を払いに来ませんよ」
「そうだね……。その予想に関してはミンくんの意見が当たってたみたい」
「ん?」
ソンミンがカップから顔を上げた。口元に白いひげが付いている。
「あのね、その人が祓戸の神、うちの神さまだったみたい」
詩は困惑を隠さずに説明した。
ソンミンはカウンターでラテをすすりながら思案顔になる。
「それはつまりこういうことですか? 店長の大事にしている神さまは、商売を繁盛させるどころか疫病神だったと」
「疫病神は言いすぎだよ……」
奥の神棚に聞こえていないかヒヤヒヤする。
「いや、どう考えても疫病神でしょう。少なくとも役立たずだ」
「えーと、そんなことはないと思うよ……?」
「その神さまはクビにしてバイトにボーナスを出しましょう」
話があらぬ方向に行ってしまってびっくりした。
「え、ミンくんボーナスが欲しかったの?」
思わず頭の中で電卓を叩く。1万円くらいならどこかからひねり出せるだろうか?
考えていると、ソンミンがカウンターの向こうから身を乗り出してきた。
「映画か美術館のチケットを2枚ください。それで僕とデートしましょう」
「それは、ボーナスっていうのとはちょっと違うような……。でも、それくらいなら」
頭の中の電卓が、ポップコーン代込み約5000円の金額を弾き出した。
「やった!」
ソンミンがガッツポーズをする。そこでちょうど店のドアベルが鳴った。
「いらっしゃいま――」
「ああーっ!!」
ソンミンの大きな声が店に響く。
雨粒を払いながら入ってきたのは、疫病神こと祓戸の神だった。
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