第1章 祓戸の神

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 無銭飲食なんて普通はやらない。1杯のコーヒー代、1回の飲み代くらいでお縄になるなんて割に合わないからだ。  あるとしたら財布を忘れたか、店側と何かあっての支払拒否あたりだろう。しかしそんなことで大の大人が走って逃げるものだろうか。 (何か変だ……)  人をかき分けるようにして走りながら、詩は思った。  商店街を抜けるとすぐ北口の大通りに出る。  正面にあるスクランブル交差点の歩行者信号が点滅していた。 (さっきの人たちは……、あっ!)  はためきながら交差点に突っ込んでいく和服のそでが見える。 (どうする!?)  一瞬迷ったものの、詩も点滅信号の交差点に飛び込んだ。  無事に信号を渡りきり、そして……。  逃げた男たちはどっちへ行ったのか。  横道に入るところにまたはためく和服が見えて、詩はそれを目印に追いかけた。  飛び込んだ通りは天神通り。小さな飲食店が建ち並ぶ、歩行者の多い通りである。 「わっ、すみません!」  人にぶつかりかけて足にブレーキをかけた。  ちょうど今の時刻は人通りの多い時間帯だ。  息が切れてきたが、ここまで来てみすみす男たちを逃したくない。  詩はとにかく前へと足を進めた。  次第に汗が噴き出してきた。  にぎやかな天神通りを北上し、また大通りに出て横断歩道を渡りきる。  すると逃げていた男の1人が、布田天神の鳥居をくぐったように見えた。  ここまで見失わずに来たのは奇跡に近かった。  しかし高い木々の生い茂る、神社の境内はもう暗い。  男たちを見つけて、それからどうしようかと詩は今さらながらに考えた。  人目のある通りでなら、周囲の人に警察を呼ぶよう頼めただろう。  だがこんな場所で男2人を相手にするのは危険だ。  思わずゴクリと唾を()んだ。  その音がはっきり耳に届くほど、辺りはしんと静まりかえっている。静けさが恐ろしい。  息を殺した瞬間。  暗がりから飛び出してきた男が、正面から詩にぶつかってきた。 (――えっ!?)  辺りを見回していたせいで反応が遅れた。  店から逃げてきた男の一人だった。彼は肩からこちらにぶつかって、そのまま鳥居の外へ逃げようとする。 「待って! お会計!」  とっさに男のひじをつかんだ。  振り向いた彼がギロリとにらむ。  その目に何か尋常ならざるものを感じ、詩ははっと息を呑んだ。  つかんだ手を振り払い、男がバッグで殴りかかってきた。
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