彼と彼女のKISS

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 たった一言だが、彼のそれは明らかに皮肉。   彼の物言いに不満はあったが、多くは語らず、私は軽く溜息をつく。  大手総合商社が第一志望という自分の嗜好を考えれば、彼にそう言われても仕方がない。  近年、学生の就職率が上がっているらしいとはいえ、世の中、不況の嵐が吹きすさんでいる。  それは、就職活動中の女子大生だからこそ、肌で実感している。  遥かその昔、バブルの頃なら、コネもかなり通用していたらしいうちの大学でも今はさっぱりだ。  もっとも就職が決まらなければ、「無職」ではなく、「家事手伝い」という実に不可思議な肩書きをあてにしているコもまた多い。  そういう学風だから就職活動も、よりシビアにならざるを得ないのだろう。 「君はいいわね。院に進むんだから」 「いいってことはないだろ。試験三つに、その対象になる卒論も特に気が抜けない。今までだって文献読みながら、数式立ててたんだぜ」  その一言で気付く。  いつ訪れても、そうついこの前、私が片づけ整理したばかりなのにもうこの部屋は、無数の本の山と取り散らかした資料のコピーの類で、足の踏み場もない。  そしてもうひとつ、気付くこと。  彼の困惑した視線。  かなり気候の良い季節を迎えたとはいえ、私は気の早いシフォンの半袖・ミニ丈ワンピースの上に、7分袖の薄いカーデを重ね着しただけの姿だ。  それでなくとも、深夜ときてる。
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