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彼は、後ろへ結わえていた髪をほどき、ゆっくりと眼鏡を外した。
彼の怜悧な瞳が私を捉える。
そして彼はベッドに歩みよると、乱暴に私を押し倒した。
両手首を押さえつけられた私は、身動きもできない。
「君は世間知らずなんだよ」
私の顔のわずか5㎝先に彼の瞳があった。
「君はなにもわかっちゃいない。僕のことも。そして君自身のことも」
「どういう意味……?」
彼のかつてなかった雰囲気に気圧されて、それ以上の言葉は出なかった。
考える余裕もなかった。
彼とのキスは初めてではない。
ただ、私の方から口唇を重ねていたいつもとは明らかに違う。
彼は、貪るように私を求めてきたのだ。
これほど深く、狂おしい時間を過ごすことの覚悟が、本当に私にできていたのだろうか……。
彼の言葉を初めて、身をもって私は思い知らされていた。
「耀……耀……!」
抱かれながら泣きながら、私は私を捨てた男の名を、別の男である彼の腕の中で、譫言のように口にしている。
かつては甘美な想いと時間の中で口ずさむように呼んでいた名前。
今は別の女の子のものになった名前。
私が初めて心と肌を許した男の名前……。
そして、助けてほしいと心底思う。
恐怖から逃れたくて、私は更にその名を口にせずにはいられなかった。
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