彼と彼女のKISS

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 PM11:35。  『メゾン・ド・塚口』201号室前。   ドアフォーンを二度鳴らす。女がひとり。 「……君か」  彼がドアから半分だけ身を覗かせた。 「はい、差し入れ。今日焼いたの。アップルパイ」 「ダイエット中じゃなかったの」 「君を少しは太らせようと思ってね」  素知らぬ顔でそう言うと、ひょろりと縦に長いやけに痩せ型の彼をつくづくと見上げた。  私よりもゆうに15㎝は高い。  なのに体重は私と10㎏も変わらないらしい。  163㎝・48㎏ の私と比べてだ。  とりあえず入ったらと彼は背を向ける。  その背は嘆息しているようだった。  それには気付かない振りをして私はドアを閉め、ロックした。 「コーヒー飲むだろ」 「うん。ミルク入れてね」 「悪い。切らしてる」  程なく、コポコポとサイフォンが音をたて始めた。  同時に、こおばしい香りが狭いワンルームいっぱいに広がってゆく。  私の好きな時間。  私の好きなモカ。  テーブルの上には、切り分けられたパイが二片。 出来は上々だ。 「就職活動の方どうなの?」  素っ気ない無地の黒いマグカップを手渡しながら、彼が問う。 「難しいわね、かなり。未だに決まらないのよ、やんなっちゃう。うちは女子大だし尚更」 「超有名女子大じゃん」 「カンケーないわよ。腰掛けにしか見られないんだから」
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