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カラスの声で目が覚めるというのは、気分が悪くなるものなのかな。
よくある描写で朝小鳥の声――私はスズメしか想像できない――が外から聞こえてきて、カーテンを開ければ雲一つない空に浴びるだけで前向きになれそうな太陽の光、それに顔をほころばせる登場人物なんてのがテンプレートになってるけれど。
え、なってるよね? 私のイメージ古い? 高校生のくせに最近の漫画とか小説とか読んでないから、いつも例え話が古いってみんなに笑われるんだけど、大丈夫だよね? これくらいは皆通じるよね。いつか機会があれば聞いてみよう。
ただ小鳥の声で起きるっていうのはなんだかとってもメルヘンな気がする。だって都会にそんな綺麗な声の鳥いなくない? カラスの声、私好きだけどさ、カラスの声って別に綺麗じゃないでしょ? 愛嬌のある声っていうか。日常的に聞いてるから慣れたっていうのもあるかもしれない。
ただあんまり良いイメージがないのは確かだよね。私も何度もゴミ捨て場荒らしている姿を目撃しているし。でもあれって結局人間側がちゃんと対策しないからって思うんだけどね。カラスと私たちは共同生活みたいなもんなわけだし、こちらが対策すればあちらも諦めるわけだし。そう考えるとカラス悪くなくない? 危険だとかいう話もあるかもだけど、たぶんカラスくらいの大きさから鳥類はほとんど危険なものになると思うんだよね。フクロウとかもてはやされてるけど、あれ猛禽類だからね。江ノ島とか行ったらトビが普通に観光客の食べ物とったりするから。
つまり、カラスは別に悪くないです。
それを踏まえたうえで私は一言だけ言わせてもらいたいんですけどね。いや別に大したことじゃないの本当に。
ただ、カラスうるさいなってだけで。
こっちが安らかな眠りを楽しんでいるっていうのにカーカーアーアー誰もモーニングコールなんて頼んでないですよ。まだ日だって昇りきってないでしょ? カラスって頭いいんじゃなかったっけ? 人が寝てるのわからない? いや待ってもしかして、あいつら嫌がらせのために鳴いてるんじゃない? なんだあの鳥畜生め焼き鳥にしてやろうか。
でも今はやめといてあげる。私の温厚さに感謝してほしい。
お前らに構ってる暇があったら私は一分一秒でも寝たいんだ。
段々お前らのそのアホみたいな声にも慣れてきたことだし、ほらやったね睡魔がやって来た。これでお前らとおさらばだじゃあな!
意識を失いかけたその時だった。カラスたちが一斉に羽ばたき、何処かへと飛んでいく音がしたのは。
いやナレーション風に言ってみたけどなんだよほんと嫌がらせが過ぎるよ!
絶対負けないし。寝てやるもんね十分もあれば余裕で夢の中ってもんよ。
呼吸を整え、毛布にくるまるように丸まって、全身の力を抜いていく。秒で睡魔が出戻りしてきて、簡単に意識が飛ぶ。
どれくらい寝たかわからないけれど、私の睡眠は香ばしい香りでまたも妨げられる。
目を開ければ、眠気は完全に何処かへ行っていて、快眠をしたんだという実感が私の心を満たしてくれる。今ならカラスの声も心地よく響くだろうに、この匂いを嗅ぎつけて寄ってくることもしていないようで、声は聞こえない。
仰向けになって、天井の半分から見える青空を見る。昼の空って感じはしない。まだ少し白が残っているような、見えていない部分にはきっとまだ、藍色が残ってそうな空。
あれ、そんなに寝てないのかな?
匂いの方に顔を向けてみる。お日様が海から全身を出して、水平線から浮いているようだ。そのまま海に落ちたらきっと簡単に海は干上がってしまう。まあそんなことになったらその状況を見る前に私なんか灰となってる。
まあだから、世界はまだ終わっていない。困ったことに私も生きているし、カラスだって元気だ。底のしれない海にだって、たくさんの生物は今でも生きている。
ただ、人間だけがいなくなっただけだ。
生き残った極僅かな人間は、きっと私の様に残って使える家具や服やあれこれを拝借して、割と呑気に生きているんだろう。
というか、なんでこうなったんだろうね。誰か知ってる人、いるのかな。
崩れてしまっている壁に近づいて、太陽の光を一身に浴びる。裸になって数時間ここにいたら、綺麗に黒く日焼けできるかもしれない。まあ医者もいないこんな時に皮膚がんになったら困るから、そんなことはしないんだけど。
ああでも、日差しを浴びて起きるっていうのは、存外悪いものではないね。海が見えているのもロケーション的に良い。
これが窓越しに見えて、小さな窓から日差しが差し込んできて、空気中の埃に乱反射してきらきらと目を楽しませてくれたらまた趣もあったのかもしれないけれど、今あるのは廃墟感というか終末感だけ。これはこれで嫌いじゃないけどね。
「おーい」
下から声が聞こえた。
声の方からは煙が上がっていて、それをたどっていくと、焚火で何かを焼いている人影。
笑顔で手を振っているアルテの白銀の髪が、朝日に輝いて眩しい。
「起きたー? ちょうど焼けたから、朝ご飯にしよう」
「わかったー」
こんな状況になって、今でもあんまり焦りとか恐怖とかがないのは、我ながらネジが五本くらいは外れてしまっているのかも知れないんだけど、ご飯食べて寝てを繰り返すだけの日々も、そんなに悪くない。
アルテに出会ったから、というのは、大きいんだけど。
人間やっぱり人といないと簡単に壊れるし、逆に言えば人といれば世界が壊れてしまったって笑っていられる。証明は私がしていくから、完了するまではまだまだ時間がかかる。
発表をする場所もなくなってるから、したところで意味はないんだけど。
まあでも、こんないつ崩れるかわからないところで寝泊まりしている時点で、少なからず自殺願望みたいなものはあるのかもしれないけれど。
それでも、死ぬまではとりあえず、笑っていたいものだよね。
階段を下りてリビングだった場所から外に出る。わりと原形をとどめている家を選んでいるけれど、立派な廃墟。海が見えなきゃ選んでないね。
「はいよ」
家から出てきた私に向かってアルテがよこしたのは、綺麗に羽をむしられ、塩コショウが振られただけのトリ肉だった。朝から食欲をそそる香りだ。
「あ、鳥じゃん。何の鳥?」
「カラス」
「オォ……」
だからお前ら、飛び立ったのか。すでに焼き鳥にされてたなんて。
「あれ? ていうか、まって、これいつ捕まえたの?」
「一時間くらい前かな」
「じゃあ私一時間しか寝てないじゃん」
「でも元気そうだよ?」
「確かに。じゃあいっか」
「そうだよ。それに、眠ければまた寝ればいいじゃん」
「そうだね」
時間は腐るほどある。
いつまで生きなきゃいけないかわからない。
だからまあ、しがらみがなくなった今なんだから、もっと自由に生きてみよう。
なんて毎日思うんだけど、なかなか抜けない人間社会のあれやこれ。ある意味洗脳だよね。
ほんのりと海の匂いが風に混ざって飛んできた。
今日の夕食は魚がいいかもしれない。
この前拾った釣り道具一式、点検しなきゃ。
「今日もいい日でありますように!」
「いただきます!」
なんだ、カラス、わりと美味じゃない。
私の睡眠を邪魔したら、また食べてやる。
了
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