1.出来損ないの妹、北島真樹

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 その翌日の夜、どうしたことか健太の口から「美味しい」という言葉が漏れ、私は仰天してしまう。 「え? 何て?」 「美味しいって、言ったけど……」 「あ、ありがとう……」  でもどうして、と聞いて嬉しいはずの言葉に疑問ばかり出てくる。  健太が口にしたのは鯖の塩焼き。  美味しいと口から飛び出てしまうほど美味しかったとか?  だけど健太は魚より肉派。あーー、だけど年を重ねて魚が好きになったのかもしれない。 「脂が乗ってて美味しかった?」 「脂?」 「鯖」 「ああ鯖? ちょっと乗りすぎじゃない?」 「え、そうだった? ごめんね……」 「あ、えっと、あの」  珍しく健太が言い淀む。  やっぱりなんかおかしいでしょ?  だけど健太がおかしいのはその日だけに留まらず、それから数日続くこととなる。  次の日は白米を食べて美味しいなんて言うし、その次の日は朝からお茶を飲んで美味しいと言う。 「体調悪い?」 「いや」 「無理してない?」 「っ!!」  私の質問に驚いたのか健太の瞳孔が開く。 「そっ、……さ、あ。……この、……ユデタマゴもオイシイな……」  なぜ棒読み?  不信感あらわな私の表情を見て健太は茹で玉子に塩をふりまくり、パクリと飲み込むように口に入れる。  今日の茹で玉子だって健太の好きな黄身が半熟ではなく、固茹で玉子になってるし。もっと言えば玉子なんて特価品(チラシ)のひとパック88円の安い玉子だよ? 「行って来る」 「行ってらっしゃい」 「パパ行ってらっしゃいー」 「ああ、行ってきます」  出て行く時にはいつも通りに戻っている健太を見送って、それから小学生の陽太を送り出す。  食卓を見ると、まだ朝食をゆっくり食べていた美琴がちょうど茹で玉子を口に入れていた。少食の香苗はすでに歯磨きをしている。 「美琴、玉子美味しい?」 「うん、ふつう」 「普通か。そうだよね」 「なんで?」 「ううん、何でもないよ。牛乳おかわりいる?」 「もういらない〜。ごちそうさまでした〜」 「はーい。歯磨きしてね!」 「うん」  食卓に残っている茹で玉子を手に取る。いつもは匂いなんて嗅がないのに今日は何となく鼻を近付けてみた。  特に何もない。いつもの匂い。  塩もマヨネーズも付けずに一口齧るけど、それでもやっぱり普通の茹で玉子。  健太は本当に美味しいと思って「美味しい」と言ったのだろうか?  それとも何かを誤魔化すかのように咄嗟に「美味しい」と言ったのだろうか?  私はそんな健太の言動に違和感を覚えてしまった。  
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