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自転車で10分ほどの距離にある幼稚園に美琴と香苗を連れて行くと、ママ友の千春さんと出会った。
「おはようミコトちゃん、カナエちゃん」
「おはようアオイちゃん」
「おはよー」
「おはよう千春さん」
「おはよう真樹さん」
千春さんの娘、アオイちゃんと美琴は大の仲良し。幼稚園のクラスでもいつも一緒にいますと担任の先生がよく言っている。
私自身も、穏やかな千春さんとは一緒にいても楽しいと思えていた。おしゃべり好きなママたちから一歩引いていた私たちは陽太が幼稚園に入った頃からのママ友だ。千春さんにも陽太と同い年になる息子、ヒカルくんがいる。陽太とヒカルくんも仲は良く同じ小学校に通っている。
「それじゃあね美琴、香苗」
「ママ、バイバイ! いってきまーす」
「ばいばーい、ママ」
「お預かりします」
「お願いします」
それぞれの担任の先生に美琴と香苗を預け、先に前を歩く千春さんの隣に並んだ。
「千春さん?」
どうしてか千春さんの横顔が重苦しく感じて、私は話し掛けようとした内容がすっぽりと抜けてしまう。
「どうした?」
「ああ。真樹さん……」
ともすれば泣いてしまいそうな顔の千春さん。
こんな時、どう声を掛けてあげたらいいだろうか。こんな時、姉ちゃんならどう声を掛けるんだろうか。
掛ける言葉を見つけられないまま、もう一度千春さんの顔を見ると瞳が濡れ始めていることに気付く。
ここはまだ幼稚園の敷地内。子どもを連れて来る親子とすれ違い、追い越され、その中で千春さんだけが異質な気を纏っている、……ような気がする。
「真樹さん……」
「え? なに? 千春さん?」
「あのね……」
何か話したい事があるんだと思う。だけど言い淀む千春さん。こんな所では話せない事なのかもしれない。
「千春さん、良かったらウチに来る? まだ片付いてないから家の中グチャグチャだけど、それでも良かったら……」
「ありがとう。いいの? 行っても大丈夫?」
「うん。いいよ、ホント家の中はグチャグチャだけどね。気にしないでくれる?」
「気にしない。ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうね」
そう言って少しだけ笑う千春さんに、私の方がなぜか苦しくなる。
そんな顔しないでいいよ、って言いたいけど余計な一言になって更に落ち込ませてしまってはいけないと、私はポンコツな口をつぐんだまま、千春さんを家へと招いた。
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