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 ゆっくりと部屋の前まで移動すると、閉じられたドアに耳をあてて中の様子を窺う。  だが……、静かだ。  絶対に誰かがいるに違いないのに、ドアの向こうからは話し声も物音も聞こえてこない。  ドアの向こうの様子に注意を傾けながら、ノブに手を伸ばした。そのとき。カチャッと小さな音がして、部屋の内側からドアノブが捻られた。  少し開いた扉の隙間から、黒い人影が見える。体格は俺よりもやや大きそうだ。  ビニール傘の柄を握りなおした俺は、ごくりと生唾を飲み込んだ。  少しずつ開かれていくドアを緊張した面持ちで見つめながら、いつでも振り下ろせるように、ビニール傘を握る手に力を込める。  扉が完全に開いて黒い人影の姿がはっきりと見えたとき、そいつが言った。 「陽央(はるひさ)。お前、何してるんだ?」 「……」  気が抜けた俺の手から、ビニール傘が落ちる。  ぽかんとした顔でこちらを見つめるその黒い人影は、空き巣でもなんでもない。俺の父親だった。 「は? そっちこそ、こんな時間に勝手に人の家に上がりこんで何してんだよ」 「人の家とは何だ。下宿代は俺が援助してるんだぞ」  親父がそう言いながら、俺の格好を上から下までざっと見る。
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