マジで世界が終わる1時間前!

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

マジで世界が終わる1時間前!

寝ぼけた目をこすってテレビをつけると、世界の終わりを告げるニュースが飛び込んできた。 どうやら巨大隕石がここ地球に急接近していて、1時間後には地表に衝突、その衝撃波により人類は滅亡するそうだ。 今日は文明が何千、何万年とかけて築いてきた何もかもが無に還される日なのだという。 まさかと思いチャンネルをいくつか回してみたが、どのチャンネルにしてみてもキャスターが深刻な面持ちで世界の終わりを淡々と告げているだけだ。 どうやら俺は世界の終わりを信じざるを得ないようだ。 夢でも見ているんじゃないかと思い、頬を何度か引っぱたいてみたが、一向に覚めることはない。 要するにこれは現実であって夢じゃない。 それすなわち、本当に世界は1時間後には終わるわけだ。 俺は自分でも信じられないほど平然としていた。 いつもと同じ朝のように、大きなあくびをかましてもう一度温かい布団に潜り込んで目を閉じた。 一体、世界が終わるからなんだと言うのだ? この世界にはなんの未練も思い入れもない。 が、布団に潜って2分ほどして、やはりどうにも眠りの世界に落ち着けないので俺は再び布団から出た。 まあいくら世界に思い入れがないからと言って、世界が終わるまでの最後の1時間をこうやって過ごすのは何か間違っている気がする。 部屋の窓から外を見てみた。 窓から見える通りの向こうにあるアパートの住人たちはベランダに出て、巨大隕石が猛烈な勢いで迫っている空を引きつった表情で見上げていた。 あんたたち、んなことしても無駄だよと言ってやりたかった。 空を見上げようが何をしようが、隕石を止められるわけではない。 まあ他人のことはどうだっていい。 俺はどうするか、だ。 が、俺は気づいてしまった。 俺はずっと、この先何年、何十年と生きていくことを前提として日々を過ごしてきた。 そのときそのときで常に一番やりたいことをやってきたわけではない。 一番やるべきことをして生きてきた。 だから、1時間後に世界が終わると言われても何をすればいいのか、分かりっこない。 それは俺に限ったことではないと思う。 そこでベランダに出てる連中だってきっと、何をしたらいいか分からないんだろうな。 選択肢はいくつか考えられる。 まず一つは、最高に美味いものを食うということ。 冷蔵庫を開けてみた。 いくつかの使いかけの野菜と、ほとんど空に近いドレッシングのボトル、水。 俺はそっと冷蔵庫を閉じた。 外に食いに行こうにも、どこも開いてるわけがない。 地球が終わる前の最後の1時間に誰が飲食店で働くというのか。 愛する恋人さえいれば、最後に愛を囁き合いながら抱擁するのもよいだろうが、あいにく俺にそんな恋人はいない。 ならば最高に楽しいことをしようか? 楽しいこと…といって思い浮かぶことはいくつかある。 ゲーム、アニメ、漫画、ネットサーフィン、音楽…。 けど、それって地球が終わる前の最後の1時間にやるほど楽しいことでもないよな。 そう考えると、俺は一体今まで何をして生きてきたんだろう、という気分になってきた。 世界が終わるまで残りあと45分。 まあとりあえず何をしないのも癪だし、親に感謝のメッセージを…まあちょっと気が引けるけど、最後だし。 俺はスマホで母親に電話をかけた。 「もしもし、母さん?」 「大輝!?無事なの!?よかった…」 「母さん、隕石はまだ宇宙だよ。それより、最後に言いたいことがあってさ。」 「大輝、大輝…。よかった…。」 「…今までありがとう。なんか、色々。迷惑しかかけてないけどさ。感謝してる。」 「大輝…。たくさん不自由させたね…ごめんね。それでも大きく育ってくれて…。」 「…ありがとう。ところで、父さんはいる?」 「ええ、運良くまだ家にいるの。出社前で。代わるわ」 俺は父にも最後の感謝のメッセージを伝えて、制止する母を振り切って電話をきった。 なんだか名残惜しくなるのは嫌なんだ。 他に感謝を伝えるべき人間はいない。 心からの友達と言える人もいないし。 まあ、最後くらいゆっくりさせてくれ。 俺は布団に潜った。 目は閉じなかった。 人生におけるあれこれを色々と頭に思い浮かべた。 最初の記憶が始まった幼稚園時代のこと、何も知らずに無邪気にはしゃいだ小学生時代のこと、精神に闇が差して少しずつ歯車が狂い始めた中学時代のこと、自分の殻にこもった高校時代のこと、なんの目標もなく過ごした大学時代のこと、童心を完全に失った社会人になってからのこと。 俺は本当に一体何をして生きてきたんだろうか。 人生を振り返ってみると、俺は時間と食料を浪費するモンスターでしかないということが分かった。 俺は人のためになることなんて何もしてこなかった。 現にスマホを見てもなんのメッセージも届いていないし、電話は鳴らない。 俺に感謝しようとする者はいないんだ。 なんだかそれは、とてつもなく寂しいことのように思えた。 だんだんと微睡んできた。 もういいか。寝てしまっても。 やることなんてないや。 そのとき、家の電話が鳴り響いた。 その音は眠りの世界に落ちかけていた俺を現実へと引きずり上げた。 俺は反射的に布団から飛び上がると受話器の前に立った。 かけ間違いかと思い10秒くらい放置してみたが、音が鳴り止むことはなかった。 世界が終わる20分前に俺に電話をかけてくるなんて、一体誰なんだ? 全く分からない。 俺はおそるおそる受話器を取った。 「…もしもし。」 「ああー!繋がったー!もしもし!」 若い女性の声だ。 「あの、どなたですか…?」 「ああー!本当にありがとう!本当にありがとう!」 「…すみません、なんのことか分からないのですが…。あの、どなたですか?」 「私ですよ私!」 「私と言われても…。とりあえず、名前を教えてもらえませんか?」 「私ですよ!」 「いやだから…、分からないと言っているのですが…。」 「ええ!とにかく、本当にありがとう!」 「…多分人違いです。僕は誰かに感謝をされるようなことはしてないです。仮に少しは感謝をされるようなことをしていたとしても、世界が終わる20分前に電話を寄こしてもらうほどのことでもないです。」 「…。」 「じゃあ僕は、これで失礼しますよ。もう寝たいんです。」 「待ってください。」 「だから、なんなんですかあなたは?」 「ありがとうと言いたくて…。」 「言う相手を間違えていますよ。」 「…誰だっていいんです。私はとにかく感謝がしたいんです。」 「どういうことですか?」 「そのままです。私は感謝がしたいんです。ずっと1人で生きてきました。誰かに感謝したかったんです。少し付き合ってください。」 「…なんだか全然意味が分かりませんけど、いいですよ。今になって、寝るよりはマシかなと思えてきました。」 「よかったです。ありがとう。ありがとう。ありがとう。」 「たくさんありがとうって言えて満足ですか?」 「…はい。まあ、ただのままごとでしかないんですけどね。けど…」 「僕、『ありがとう』なんて言われ慣れていないんですよ。誰かに感謝されるようなことはほとんどしてこなかったから。なんだか不思議な気分です。」 「そうなんですね。じゃあお互いによかったですね。」 「よかったんでしょうか。空虚な『ありがとう』ですよ。」 「『ありがとう』って言われることを許してくれたあなたに対して言った『ありがとう』は本物の『ありがとう』でしたよ。」 「だとしたらそれは嬉しいことです。ところで、なんで僕の電話番号を知っているんですか?」 「知らないですよ。適当に番号を打ち込みました。出た相手があなたで本当によかった。」 「なんだか色々飲み込めないところもありますけど、よかった。世界、終わるんですってね。もうすぐで。」 「はい、そうみたいですね…。」 「…。」 「本当にありがとう。私みたいな人間の相手をしてくれて。」 「いいんですよ。なんか、最後に誰かに感謝されてよかったです。」 「こちらこそ、本物の『ありがとう』を言わせてくれて本当にありがとう。」 「…このまま、繋いだままにしませんか?」 「そうですね。」 俺たちは何かを話すことはなかった。 ただ受話器越しに、お互いの息遣いを感じていた。 俺は家中の窓という窓を全て開けた。 新鮮で爽やかな空気が陰鬱とした室内の空気に取って代わる。 そして、受話器を耳に当てたまま壁に寄りかかり、座り込んだ。 開かれた窓から青い空を見上げた。 世界に終止符を打つ巨大隕石が迫る空を。 いつもよりも青く輝く澄んだ空を。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!