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「次の勇者が来たぞ!」と歓声が上がり、市民が集まり、またしばらくたつと三々五々、散っていく。
暇な物好きなのではない、これも仕事なのだ。
ちゃんと剣が<抜けない>ことを確かめないといけないからだ。
向いのあばら家に住んでいるおれの任務は、ヤバそうなときに、後ろから物音を立てて気を引くことだ。似合わない大声を出し、急に猛烈な腹痛になったふりをしたこともある。
「君っ、大丈夫か!?」ほんのり手ごたえを感じていたであろう勇者様は――その気質、おれが聖剣なら認めてやるね、という優しさを持った勇者様は、たいていこっちを助けに来る。
そして、資格を失う。
だから、1回きりのチャレンジ権は大切なのだ。
情けない、と思われただろう。
だけど、こういうせせこましい努力も、街にとっちゃ大事だ。
おかげで、聖剣はいまだに抜かれないで済んでいる。
「親父もさあ、いい加減50にもなってハライタのふりなんぞしたくなかったんだろうさ」
おれのあばらやで、タルタとジャンモのスープをすする。
「でもすごいよね、12で独り立ちだよ。ボクはまだまだだなあ」
「お前だって妹たちのためになれない街で頑張ってんじゃん。えらいと思うぜ」
しかしこの生活も飽き飽きしてきた。
この剣があるってことは、それを求める冒険譚があるってことじゃねえの?救いを求める民が、王が、弱きものが、ずっと待ってるんじゃねえの?討つべき巨悪が、おれらのせいでのさばってんじゃねえの?そういう疑問が頭をかすめたこともなくはない。
だけど、多分この町の住民はみんなそうなんだ。
生計のために、インチキをやってるんだ。
「ワウワワ!バウ!」
突然の吠え声に表を見る。
近頃どうにも威圧感が減ってきた狼犬が聖剣の周りをうろついている。
「こらこら、スープやるからおとなしくしろ」
軽くしかりながら、二人で外に出る。
冬の手前、茶色く染まった草原に、これ見よがしに突っ立っている聖剣。
こいつも1世紀以上突っ立ってて飽きねえのかな。
「抜けちゃうときって、いつか来るんだろうね」
「ああ、ピンとくる勇者が来て、聖剣様が酸化したくなったら止められないんだろうな」
「うん……」
「大規模に地面掘ってさぁ、強い磁石でも付けたらいいんじゃないか?」
狼犬と剣の周りをグルグル回りながら、おれはタルタに軽口をたたく。
狼犬は久しぶりに遊んでもらえてうれしそうだ。
「あはは、でもさ、あんまり公平じゃないのは気の毒だよねえ」
タルタが軽く柄に触れたとき。
閃光が放たれ。
剣が――。
剣は――抜けてしまった。
どうしようもないほど、ひとりでに。
「えらばれ…ちゃ…った、……よ」
緑がかった顔を真っ白にして呟く。
そのあとの混乱した街の経済立て直し物語と、気弱なタルタの冒険譚は別の話。
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