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ジャンモのスープも飽きてきた。
隣にいた狼犬に残りをやって立ち上がる。
おれはトーン。ここらじゃちょっと有名な、観光名所の向かいに住んでる。今日は採集がてら森へ寝に来たんだが……。
洞窟のそばから太い声が響く。
「トーン、早く来て!おいでなすったよ!」
「合点!」
観光名所が何かって――知らないなんて潜りだな?
「うおおお勇者は……俺だあああ!!」
「こっちか」
大声をたどって人波を進むと見えてきた。これ見よがしに地面に突き刺さった細い剣をわめきながら引っ張る大男。赤いマントを羽織っている筋骨隆々のその体躯が、彼の自信を物語っている。
「ぐ…むぐぐぐぐ…!」
「うーん…40点、かな」
「あんまりガルダン持ってなそうだね」おれのとなりにひょいと顔を出すのはゴブリン種ハーフのタルタ。3つ下なのに身長がおれの倍はあろうかという恰幅のいい、そして優しい親友だ。
「こりゃ期待できないなー」
「お土産だけでも買ってくれりゃいいんだけど…」
暢気な会話を10分も続けていると、さすがに大男も諦めたようで、肩をすぼめて細い剣に背を向けた。
「お兄さん!せっかくここまで来たんだから、聖剣クッキー買って行かない?!」「いまならミニ・キーホルダーもつけますよ!」
「うるせえ!こっち来んな!」
つかつかと森へ去っていく大男。やっぱり振られてしまった。自信ありげなタイプほど折れてしまうと頑固になる。
「ざーんねん」おれとタルタは顔を見合わせる。
今回の――3690回目の失敗。
恒例行事に集まった人並もまばらになってきた。
相も変わらず剣はこれ見よがしに突っ立て居る。
聖剣。エクスカリバー? トツカ・ソード? デュラなんとか?
まあそんなもんだ。輝いていようが古びていようが関係ない。
抜けない、ってことが大事なんだ。
聖剣を観光資源として飯を食ってる、おれらからしてみたらな。
ここにやってくる勇者候補は皆秘境だと思ってるみたいだけれど、実はそれなりに繁栄している街なのだ。
ここ、ケーン・セ街の商工会議所はいつもこんな感じだ。
「次はさ、いっそ観光ツアーなんてどうよ。王宮、魔窟、それから聖剣…つったらいやが応にもテンション上がるでしょ」
「お手軽にまわれりゃ富裕層に受けるかな」
「そういや挑戦料は10ガルダン据え置きでいいの?」
「チャレンジ権1回は譲れないからねえ」
「狼犬が最近おとなしすぎて雰囲気ないがね」
「雰囲気作りは大事だ、トーンの親父の家を長老の別荘にしてはどうじゃね」
「冬が来るから長老に無理はお願いできないわ」
侃々諤々、議題は常に、如何にただ一つの観光資源を活かすか、それだけである。
勇者候補が抜きに来て、失敗して、泊まって、そして帰っていく。
小さな農家が数軒だけの寂れた田舎だったのは本当だ。
でもそれは100年前の話。
いまや聖剣のおかげで、ある種の観光街として潤っている街なのだ。
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