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「捨てられないよねえ」
涼は机に突っ伏したまま呟いた。
雪がちらつく12月29日。
仕事納めで実家に帰ったのをいい機会と、母に勧められ、数年ぶりの自室に足を踏み入れたまでは良かった。大きなタンスを開ける。幼い頃のアルバムと文房具と、手紙と、ぬいぐるみと、洋服と……果ては出先でもらった割りばしの袋までが床に散乱した状態で、身動きが取れなくなってしまったのだ。
だってあいつもこいつも、触った瞬間思い出が浮かんできてしまうんだもん。あたたかな思い出は涼を引き留める。捨てられない。
「わたしはどうせお掃除下手さ」
冷えとストレスで疲れ切った体でやることでもなかったな。
ああ、もっと合理的に捨てられる体質になりたかった。感情移入をし過ぎる性質がにくい。抱え込んだあれこれを脳裏に浮かべながら、口をとがらせる。子供のころからの癖だった。
ため息をつき、雪がしんしんと降り続く窓の外をぼんやり眺めていると、無音なはずの部屋で音が聞こえる。
―――フォンフォンフォン……
空気を弱弱しく切るような、そんな音だった。
思わず涼が振り向くと、空中に穴の開いた赤い靴下がぽつんと浮かんでいた。
「え……?」
そっと触れると、それは重力に従いぽとりと落ちた。
「なに、これ」
思わず手に取ったとき、ふわっと包み込まれた思い出は……。
(いや? これは違うな)
涼の思い出ではなかった。
――サンタさん、来てくれるかな?
――朝だよ!きーちゃん!こっちこっち!
――わああ!見て!!お手紙もある!
小さな体温の高い手が踊る踊る。
振り回される赤い靴下。
何度も見て擦り切れた映像のような、淡い、断片的なワンシーン。
「ふうん、お前さんもうれしかったんだねぇ」
涼が笑むと、赤い靴下はふわりと揺れた。
同意、というニュアンスなのだろうか。
(ついに、物が喋る感覚を覚えるようになってしまったか、わたしは…)
ぼうっと座り込む涼を尻目に、フォンフォンフォン…と謎の音を発して扉から出て行った。
(成仏した…)
突飛なようだが、彼女にはそう思えた。
(幻じゃ、なかったし…)
あの靴下は誰かに見送ってほしかったのだろうか。
この世界に未練が残っていたであろう「物」を満足させてやれたのだろうか。
思い出が見えてしまうのだって、悪くはないのかもしれないな。
ちょっと嬉しい気持ちになって、涼は伸びをした。
(こっちの掃除は全く捗ってないんだけど、まあ、今日はいっか)
自分のものくらい、記憶をかみしめてから掃除してやろう。
ゆっくりでいいや、と彼女は部屋を出た。
「お母さーん、手伝うことある?」
◇
翌日、うわさを聞き付けた「物」たちが、彼女の部屋の前に列をなしていたのは、また別の話。
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