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さて、そんなルークはというと慌ただしく店内を駆けずり回り、常連客の対応に追われていた。
お世辞にも大きいとは言えない店には、キッチンと繋がっているカウンター席と、その向かい側に二人がけのテーブル席が二つあるが、どちらもすでに満席だ。
一週間ほど前、アルが帰還するとの一報が届いてから、ずっとこんな状態が続いている。この村の住人はとにかく祝い事や祭事が好きなようで、普段のほほんとしている様子からは想像もつかないくらい、やいのやいのと騒いでいる。
嬉しい反面、こう連日忙しないとアルが帰ってくる当日まで身体が持たないのでは、と彼らを見ながら毎回心配になるが、それも毎度杞憂に終わるのだった。
ようやく波が去り、一段落つきながらテーブルを拭いていると、カランと来客を知らせるベルが鳴った。
音のした方に顔を向けると、常連客の一人である男性が立っていた。
「らっしゃーい! いつもありがとうございます。今日は何にしますか?」
ちょんと結んだ襟足を揺らしながら駆け寄る。
カウンターと奥のテーブル席には、前の客の食器やらが占拠しているため、今片付けたばかりのドアから一番近いテーブル席へと促す。
ひらりと片手を上げて、馴染みの客である男性は椅子に腰かけた。ルークから受け取った手作り感あふれるメニュー表を一瞥し、まばらに無精髭が生えている顎を擦り、うーんと唸る。
「そうだなあ……この新作パンのセットと日替わりスープ。あとは……デザートにいつものリンゴパイで」
メニュー表をルークに渡し、頭の後ろで手を組んで背もたれに寄りかかった。
「わかりました!」
ルークはカウンターの中にいる二人に視線を流し、オーダーされた内容を繰り返した。
「了解。いつもありがとね」
フライパンを振るいながら、マチルダがニコリと笑う。
「……あの、どうしたんですか? いつもより頼むの多いんですけど」
何かいいことでもありましたかと小声で言い、メニュー表を盾にしてこっそり小指を立てる。
彼はガハハと笑い、手を振りながら言い返した。
「違う違う、なんせ今日は特別な日だろ? こういう時は奮発しなくちゃな」
ニヤリと口の端を引き上げ、片目を瞑った。合点がいったルークは、ああと頷く。
「今日、アルさん帰ってきますもんね」
嬉々とした表情で言うと彼は「それもあるが……」とカウンターの方へ一瞬視線を送り、もう一度ルークを見やった。
「もう一つ、大事なことあるだろ?」
「ああ! うちの開店二十周年記念、祝ってくれてありがとうございます」
「いや、確かにそれもそうなんだが……」
言いかけ苦笑する。カウンターからは、呆れを含んだため息が二つ分聞こえた。さっぱり検討がつかないルークは、ただ首を傾げることしかできない。
「まったくあんたって子は……昔からアルのことばっかで、自分に関心がないんだから」
マチルダは腰に手を当て、長い息をついた。
「ルーク、今日はあんたの誕生日だよ」
「あ……」
思わず声を漏らす。やっぱり忘れてたか、と男性が笑った。
そうだ。すっかり失念していたが、今日は自分の十八歳の誕生日でもあった。アルが久しぶりに帰ってくるというので、そのことで頭がいっぱいだった。
アハハと頭をかくルークに、三人はこれまた呆れかえる。
そのはずだ。アルがルークを溺愛していると同じく、彼もまたアルを尊敬しており、昔から雛のように後ろをついて回っていたのだ。そして、それは今も健在している。この髪型もアルを真似してのこと。少しでも、憧れのアルに近づきたい一心で伸ばし始めたのだ。
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