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プロローグ
果てしなく続く暗闇の中に、彼はぽつねんと佇んでいた。
ゆっくりと目を開く。一寸先も見えないほど深い闇だ。身体にまとわりつく空気が重苦しい。何もないはずの空間から圧迫感を感じ、自然と嫌な汗がにじみ出る。呼吸がうまくできない。
――どこなんだここは。
一刻も早くこの場から抜け出そうと足を踏み出した瞬間、どこからともなく声が響いた。
『どこにいくの?』
思わず動きを止め、暗闇に向かって「誰だ」と問いかける。やけに幼い声の主はくすくすと笑った。
『ひどいなあ、ぼくのことわすれちゃった?』
声の感じからして、おそらく六歳前後の少年だろうか。このくらいの歳の知り合いなどいたか、と脳裏に見知った人物の顔を並べるが、一向に思い出せない。
けれどどこか、聞き覚えがある声だ。遠い昔に聞いた気がする。
『ここからはでられないよ』
目の前の暗がりがゆらりと動いた気配がした。ぬっと白い手が二つ浮かび上がり、彼の首に手をかける。
――逃げなくては。
頭ではわかっているが、どうにも身体が動かない。声を出すこともできず、少年のされるがままになっていた。
首を掴むか細い両手に力が入る。
こんな危機的状況に陥っているのに反して、彼は冷静だった。恐怖や焦燥感といったものは何一つ感じない。まるで、こうなることを己が望んでいたようだ。
『ぼくをのこして、きみだけしあわせになるなんてゆるさないからね』
薄れていく意識の中で、一瞬煌めいて見えたその青い瞳。
思い出した、君は――
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