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――血が飛び散る。悲鳴と怒声が聞こえる。剣を振り回す音と、金属と金属がぶつかる音。自分の鎧にこもる汗と血の匂い。
オレは、敵国エーデストを倒すためにこの戦場に立っていた。
……昔はね、こんなんじゃなかったんだよ。今は兵士が踏み荒らしまくって死体が転がる始末だけど、本当はここだって、黄色い花がたくさん咲くような場所だったんだ。
オレの村はビーガ国の隅っこでね、エーデスト国は国境を挟んで目と鼻の先だった。だからオレは、この花畑でエーデスト国の村の女の子とよく遊んだもんだ。
そんでその子がすげぇ可愛くてさ、会えるのが楽しみすぎて、オレ雨の日でもウキウキで行ってたぐらいだったの。まあ勿論誰もいるはずなくて、オレはびしょ濡れで家に帰って母さんに怒られるのが常だったんだけど。
……ああでも、一度だけあの子がいたことがあったな。オレってばすげぇ喜んで犬みたいにはしゃいで、それ見たあの子がお腹抱えて笑ってたな。
――剣を振るう。鎧の隙間に刃が滑り込む。血が噴き出し、敵の兵士は倒れた。
……そんで、ビーガ国とエーデスト国が戦争を始めたのは、いつだったっけか。確かオレの国が一方的で我儘な要求を突きつけて、飲めなきゃ戦争だーなんて言ったんだ。どうせ戦争にはならないだろうとたかを括ってたか、戦争になっても勝てると思ってたか。とにかくビーガ国のアホの目論見は外れ、エーデスト国は戦争を受け入れた。そして今、長きに渡る泥沼状態となっている。
――誰かの咆哮が聞こえる。近づいてきている。振り返ると、剣が目の前にまで迫っていた。避ける。運良く鎧に剣が弾かれる。肩は痺れたが、利き手側じゃないので反撃が可能だ。
……ああ、戦争は嫌いだな。誰かを殺すのも、殺されるかもしれないのも。平和主義なオレとしては、黄色い花が咲く花畑でずっとあの子とおしゃべりしていたかったよ。
でもさ、戦わなきゃいけないじゃん。オレ一人がここで土下座して、「うちのアホが酷いこと言ってごめん」って言って許されるならいいけどさ。でもそうじゃない。土下座した瞬間に兵士はオレを踏んでいくし、オレの謝罪は怒号にかき消される。死に損ないになるのは、流石のオレだってごめんだ。
――攻撃を仕掛けてきた兵士が倒れる。オレの馬鹿力の剣で、首を叩き折られたせいだ。ごめんな。言っちゃいけないんだろうけど、本当にごめん。
向こうから、また別の兵士が走ってくる。剣を構える。だけどその兵士は、周りの奴らより小柄だった。
女だった。
何故だか分からないけれど、そう思った。
……鮮やかに黄色い花畑が蘇る。柔らかな春の香りがする。駆けてくるのは、オレの分の花冠を持った満面の笑みのあの子。オレは嬉しくて嬉しくて、両手を広げて彼女を迎えるのだ。
――細い剣だった。その剣が、間違いなくオレを狙っていた。
……ああ、なんでだろうなぁ。
オレね、本当に君のことが好きだったんだよ。
もっと話したかったなぁ。もっと遊びたかったなぁ。
生まれ変わったら、同じ国で生きられるかなぁ。
――細い剣がオレの体を貫く。致命傷には至らないけれど、この隙にこぞって他の兵士がオレの体をぶった斬った。
地に倒れる。足跡だらけの地面に赤が広がっていく。その中に、奇跡みたいに一輪の黄色い花が咲いていた。
摘み取ろうとして、思い直す。血にまみれた手で、オレは花を覆い隠した。
……いつか、戦争が終わった時に。その時にまた、ここが花畑へと戻れるように。
その花畑で、いつか君の子供たちが、笑って花冠を作れるように。
また戦場へと駆けていく兵士の背中を見つめる。彼女にあげたい花だけを、オレはこの世界の全てから守っていた。
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