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 夜行バスに指定席はない。誰がどう座ってもいい、早いもの勝ちと言ってしまうのはもったいない、自由な席割り。僕はある理由があって、バスの中央に位置した、通路側の席に座る。隣は空いている。このまま終点まで空いているかもしれない。  座席に身を沈み込ませると、双子がバスに入ってくる。僕と目が合うと、二人はえへへへ、と笑って僕の後ろの席に座る。 「ねぇ、ねぇ」ほっそりとした手が座席と座席の間にある隙間を通して伸びてきて、僕の肩を撫で回す。「テキーラがあるんだけど、一緒に飲まない?」  僕は笑顔が引きつるのを感じる。アルコールは飲んだことがない。だけど―― 「えーっ、あるの? じゃあ普通に飲むよ」と答える。  バスにエンジンがかかり、車内は細かに揺れだす。 「おっと! 危ない、危ない」 「こぼさないでね、お姉ちゃん」  僕にテキーラのボトルが座席を越して渡される。「いい匂い。テキーラって好きなんだ」と僕は言う。  双子の一人が「テキーラの匂いがいいって初めて聞く」と笑う。  一口飲むと、喉が燃えるように痛む。ちょっと大人になったような気がする。悪くない苦味だ。  身震いしてボトルを口から離すと、斜向かいの、向かい合った四つの座席に座っている家族が目に入る。僕の方に面して、つまり進行方向とは反対に座っているのは父親と娘の方。その向かい側に母親と息子がいる。こちらからでは二人の髪の一部しか見えないけど。  父親にバスの中でアルコールを飲むことを咎められると身構える。だけど父親と視線がぶつかると、彼は楽しそうにうんうん、と頷く。自分も家族と一緒でなければ飲みたいというふうに。僕は変な顔をして、こっちをじーっと見ている娘を笑わせる。  左右のほっぺたを後ろから双子につつかれる。 「一杯だけじゃダメだよ」 「三杯は飲まないとね」  というわけで、僕はグイッ、グイッとボトルを二回口に当てる。胸が暖かくなり、さっきよりバスの振動がちょっと強くなったような気がする。よろしい、と双子はテキーラのボトルを腰を浮かして僕から奪い取る。 「塩とレモンがあったらもっといいんだけどね」と僕は言う。 「あるんだけど、ここじゃあ面倒くさいでしょう?」 「明日あっちについたらちゃんとしたショットを飲もうよ」  運転手の短いアナウンスが入る。バスは高速に上がり、揺れは安定する。  僕と双子たちは少し話したけど、二人でボトルの半分ほどを水のように飲んだ彼女たちは顔を赤らめて寝付いてしまった。まるで恋人のように一人はもう一人の肩に頭を置いた体制で。前を見ると、家族連れの父親がドンマイと言いたげにニヤニヤとしている。僕は仕方がない、と両手を肩の高さで広げる。  しかし薄暗いバスはそう簡単に寝付けてしまえるほど静かではない。後部席の方では若い男女のグループがとても賑やかだし、斜向かいの家族はそれに対抗するような音量で会話をしている。音楽さえかかっていれば、ここは深夜のパブのようだ。夜行バスとは移動している間に寝れるから乗るものなのではないだろうか? しかし、運転手は乗客を注意しようとしない。よくこの騒音の中で二人は眠れるな、と僕は座席と座席の間から可愛くスヤスヤしている双子を見て、吐息をつく。イヤフォンを耳に入れ、クラッシックではなく、パワー・メタルを選ぶ。柔らかいオーケストラなんてこの騒音の中ではかき消されてしまうだろうから。  できるだけ座る姿勢を整えて、目を閉じる。  ――偉大なる主君、決行はもう直です。バスに乗り込んだ以上、後戻りはできません。どうか、どうか僕を天国へ導いてください。  リュックにつめた時限爆弾を僕は遠隔操作で定められた時間より早く起爆させることができる。だが、その逆は不可能。時間が来たら爆弾は必ず爆発する。爆薬を守るケースにもトリガーがついているから、爆弾を処理するために蓋を開けようとした時点でも爆発する。つまり、映画のようにケーブルを切ればいい、という幼稚なレベルじゃない。だからもう後戻りはできない。  ――飲んではいけないアルコールを飲んでしまいました。許してください。  バスのルートの中間あたりにある橋の上で、爆弾を手動で起爆させる計画だ。橋を破壊し、バスの残骸を川に落とせば、ほぼ確実に誰も生き残らない。また、その橋は物流産業にとっても大切であり、橋を破壊することに成功すれば、この国の経済にも一時的なダメージを与えることができるだろう。もし僕が動けない状態にあったら、橋を乗り越えた少し後に爆発するようにタイマーをセットしている。そうしたら橋は壊せないが、少なくともバスの乗客を大勢殺せる。  僕が立てたプランは完璧だった。だからなにがなんでもあの橋まで好青年の役を演じ続けなければならない。誰もこの僕がテロリストだと疑わないように。  ――偉大なる主君……。  ぽん、と肩を叩かれた。驚いて目を開くと、にこにこした初老の男が僕の隣に立っている。バスは停車していた。まさか警察、と僕は目を見張り、起爆装置を兼ねるプリペイド式の携帯に手を伸ばす。男は両耳に手をやり、僕にイヤフォンを取ることを合図する。僕は片手だけでイヤフォンを外す。 「旅は道連れ世は情け」男は人懐っこい笑顔で言う。定年を迎えたような歳なのに、子供っぽい笑みだ。 「えっ?」 「ああ、すみません。こんばんは。お隣の席、空いてましたら座ってもよろしいでしょうか?」  男は右手を差し出し、僕は反射的に彼の手を握り、握手をする。警察ではなさそうだ。祈っていたから気づかなかったが、僕たちは途中のバス停に到着していたらしい。初老の男はそこで乗り込んできたのだろう。 「えっ、ええ。もちろん」僕は立ち上がって彼を窓際の席へ通す。  バスは走り出し、僕はまた瞼を閉じて、偉大なる主君への祈りを続ける。しかし、バスの安定した揺れのためか、免疫がないアルコールを飲んだせいか、僕は気づかぬ内に、夢のない浅い眠りに落ちてしまう。
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