おまけ

1/1
前へ
/6ページ
次へ

おまけ

 俺と彼女は夜行バスで寝泊まりしている。街から街へと気ままに旅をして、遊べるだけ遊んだら、バスに乗り込み次の日のために力を蓄える。ちゃんとしたベッドでかれこれ一年も寝ていない。だけど俺たちはこの誰にも縛られずどこにでも行ける自由な人生が好きなのだ。いつか疲れて死ぬぞ、と言われたことはあるが、まだまだ俺たちはへっちゃらだ。生まれながら体は頑丈だし、睡眠もあまり必要としていない。毎晩バスの座席で五、六時間眠ることができればそれで充分。  ちなみにちゃんとしたベッドで寝ていないと言っても、セックスはほぼ毎日欠かせていない。野外ですることが多いが、時には乗客が殆ど全員寝静まってから四つ繋がっている後部座席で抱き合う。運転手が俺たちのことを止めたことはない。逆にあいつらは毎回鼻の下を伸ばしてバックミラーを調節しやがる。  旅の資金も夜行バスが関係している。なにしろ俺たちはプロのスリ師だ。財布をポケットに入れたまま寝息を立てる連中がズラリと並ぶ夜行バスは俺たちにとって最高の仕事場。トイレに行くふりをして、抜けた寝顔で座る客たちの横を通るたびに俺たちの懐は重くなる。  楽しい人生だ。色んな国を見れて、毎日酔いつぶれるまで酒を飲み、朝方にちょいっとだけ仕事をする。最高だ。しかも俺には世界一美しいパートナーもついている。これ以上はなにも望まない。  ある日、俺たちは格好のカモを見つけたと思った。そいつはなぜか他の乗客に自分は普段は夜行バスなんかには乗らないのだと自慢気に話していた。どうやら彼は、国のそこそこ偉い官僚であるらしく、本来の移動手段は電車の一等車か、飛行機のファースト・クラス。だったらなぜ今夜は俺たち平民と同じ空気を吸っていらっしゃるのかは不明だったが、お釣りがぞろぞろ出る紙幣でファンタを買っていたから、身分に似合った現金を持ち合わせているのはわかった。  俺たちはいつもどおりにことを運ばせた。そして――  楽勝だった。彼女はカモのポケットに一瞬指を沈めこませたかと思うと、すっと分厚い財布を引き出し、なに食わぬ顔で俺が座る後部座席に戻ってきた。開けてみると官僚どのは銀行を毛嫌いしているのか、紙幣がぎゅぎゅっと詰まっていた。 「……愛してるぜ、ベイビー」  彼女を後部座席に押し倒し、俺たちは激しく唇を合わせた。  後から財布を調べてみると、一つ面白い物が財布に入っていた。『旅は道連れ世は情け』と書かれた一枚の紙切れだ。そのことわざの下には暗証番号のような数字がいくつか。面白いとは思ったものの、俺たちが使えるわけではないので、次の街で降りてからバス停近くのゴミ箱に財布ごと放り込んだ。  それから一日中どんちゃん騒ぎ。夕方ごろにネットで次のバスを予約する時以外ずっと片手にアルコールのボトルを持っていたと思う。俺たちはラッキーだ、無敵だ、と彼女と笑いながら言い合った。バスのチケットも激安のが手に入った。今までになく安いやつだ。神は本当に俺たちのことを愛しているのだろう。  出発の九時半ちょっと前にふらふらな足取りでバス停につくと、俺の携帯に電話がかかってきた。 「もしもーし。間違い電話でーすよー。俺の今の番号、彼女しか知りませんからー」と言って、俺はくすくす笑う彼女にウインクする。 「ああ、繋がったか、よし。私の財布を返してくれ。現金のことはいい。ただ財布と現金以外の物を返してくれればそれでいい。君たちを捕まえるつもりはないし、たとえ君たちがヘマをして捕まったとしても、罪に咎められないように全力を尽くす。しかし、もし私から盗んだ物を返さなければ君たちの安全は保証できない。とにかく、財布の中身を――」  昨夜の官僚だ。信じられないぐらいの早口で喋りまくっている。 「なんの話だかわかりませーん」そう言って俺は電話を切る。 「馬鹿だね。財布を返すって言えば犯人はあたしたちだって認めているようなもんじゃん」と俺たちの会話を聞いていた彼女は肩をすくめる。 「しかしどうして俺の電話番号がわかったんだろう?」  ふと疑問が浮かんだが、深く考えることができる前にバスが走り込む。俺たちが予約したバスだ。  なぜか客たちが全員立ち上がって思いっきり拍手をしている。 「変な風習もあるものね」 「そうだね」  俺たちは首を傾げながらも他の客たちに合わせて手を叩いた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加