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 祈りを捧げた後も長い間、使い古した敷物に突っ伏していた。鼻と頬を薄い敷物に(こす)りつける。自分が臭う。それは許されないことだ。自分は(けが)れている。値しない。しかし身体を起こす勇気がない。このままひれ伏していたい。  ――偉大なる主君よ、全てを見、全てを聞き、全てを語る主君よ! どうか……どうか……この愚かな僕を許して……許してください……。  一筋の涙が頬を濡らす。歯を食いしばり、身をより縮める。敷物に広げた手の甲で額の汗を拭う。臭う。自分が臭う。体臭が酷い。  ――僕に……僕にやり遂げなければならないことをやり遂げる力を……偉大なる主君……僕に力を……。  嗚咽がコンクリートの壁に響く。地下室にアンモニアと硝酸の臭いが充満している。鼻が曲がるほど強烈に。窒息しそうだ。こんな場所で祈るなどとは重罪だ。知っている。そんなことぐらいよく知っている。  ――他に……他に場所がなかったのです。偉大なる主君……許してください……。そして、死ぬことを……天国に舞い上がることを……途中で恐れない力を……。  しかし主君は答えない。今までずっと沈黙していた。奥歯をすり合わせる。いや、今日は答えてくださるはずだった――。僕が清潔ではないから、この部屋が汚れているから現れてくだされない。敷物の上で広げていた手のひらが拳になる。この日のために他の部屋を用意しなかった自分を呪う。  頭を上げる。ひび割れた全身鏡に顔が映る。目は血走り、唇は苦しみに歪んでいる。 「聖なる(いくさ)のために――」口に出して言う。鏡の向こうにいる自分に言い聞かせる。「僕は今夜立派に死ぬんだ」  立ち上がる。喉がからからに干上がっている。部屋の隅に詰めてあったリュックを背負う。
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