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真田の言葉に顔を上げた白井くんは、顔を真っ赤にして慌てて時計を確認している。
「え・・・?あれ・・・っ?」
時間を間違えたのか時計を見間違えたのか、とにかく早すぎたらしい。
その慌てぶりもスーツが着慣れない感じも、まだまだ社会人になりきれてない感じだ。初々しい。
でも、僕はその顔を見て心の中がすっと冷たくなった。
この顔は・・・。
「す、すみませんっ。オレ、緊張して時間を間違えました!約束は9時でしたよね?オレ、ちょっと時間潰してきますっ」
そのまま出ていこうとした白井くんを慌てて真田が引き止めた。
「いや、別に出直さなくていいから。少し落ち着こうか?」
そんなやり取りを見ながら僕はコーヒーを入れた。ここはインスタントコーヒーを自分で入れて飲むスタイルだ。カップも持参だけど、まだ白井くんのはないから来客用に入れた。
それを真田と白井くんに渡すと、自分の分を持ってデスクに戻った。
「ありがとうございます」
恐縮しながらひと口すすると僕を見てきた。そんな様子に真田が僕の紹介を始める。
「彼は瀬名だ。君の教育係をやってもらおうと思ってる。瀬名も去年入ったばかりだけどかなり優秀で、仕事もできる奴だ」
「よろしく」
かなり褒めすぎの紹介だったけど特に否定もせず、白井くんの目を見て挨拶した。すると、彼はぱっと視線を外した。
その様子に、先程感じたことが正しかったと確信した。
彼は僕に会いに来たんだ。
会社が合わなかったと言うけれど、こうやって見る彼は決してコミュ力は低そうではない。おまけにスーツのセンスも悪くないし、容姿も整っている。
間違いなく彼は、人間関係や仕事に躓くような人ではない。なんでも要領良くこなせるタイプだ。
彼は僕に会いに来たということを知られたくない様子だ。だったら僕も知らない振りをしよう。
「少し早いけど、嫌でなければ仕事に入ろうか?」
そう言うと白井くんはぱっと顔を輝かせて、お願いしますと言った。
他の社員が出社するまで、僕はここの仕事の内容や実際にやることを教えることにした。
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