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終業時間まであと10分という時、斜め前のデスクの原さんの表情が怖い。 原さんはママさん社員で、この後お子さんのお迎えがあるのだ。 「原さん。僕、今日ヒマなんで代わりますよ」 その言葉に原さんはこっちを見て一瞬表情を緩めるも、また険しい顔になった。 「ダメです。今日のは私のミスだから、瀬名さんに押し付けられないです」 でもちょっと涙目ですよ? 「誰だって間違いくらいします。その間違いは僕でも直せますが、お子さんを迎えに行くのは原さんしか出来ませんよ?」 だから早く帰ってください、と声をかけると、原さんはポロリと涙を流した。 もっと早くに声をかけてあげればよかった。 原さんは育休が明けたばかりで、まだ仕事と生活のペースが掴めていない。 仕事も早く追いつかなきゃと、焦っているのが分かる。 きっと、家でも小さい子を抱えて大変なんだろうな・・・。 『すみません』を繰り返す原さんを宥めながら仕事を受け取ると、彼女は申し訳なさそうな顔をして帰っていった。すると、オフィスの中もほっとした空気になる。 実はみんな、原さんが心配で仕方がなかったのだ。 本当はみんなも代わってあげたかったけど、それぞれに事情がある。 ここは女性が多い職場で、みんな原さんと立場が似ていて残業が出来ない。 「みなさんも何かあったら遠慮なく言ってくださいね。僕はいつでも大歓迎なので」 この空気のままじゃ帰りにくいだろうと、僕が声をかけると、みんな口々に『ありがとう』と言って帰っていった。 この職場に来てそろそろ一年が経つ。 ここの社員はみんな子供を持つ女性で、中にはシングルで頑張っているママさんもいる。だから、なるべく残業をせずに定時に帰れるような環境になっているのだけれど、時々こう言うアクシデントが起こる。 そんな時のための要員だと思っているのだけど、なかなかみんな僕を頼ってくれない。 今日もいつ頼みにくるかと待っていたら、こんな終業間際になってしまった。 やっぱり僕には頼みづらいのだろうか・・・。
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