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一日1ミリ。
三ヶ月で約9センチ。あたしの髪は伸びた。
鏡に写る長さも、気がついたら鎖骨まで伸びて、ヘアアレンジができる長さになった。
会えるようになったら、たくさん会おうね。
会えなくても、リモートしようね。
そう言って笑ったのは、秋。接客業で人との接触が多いあたしと、製薬関係の仕事をする彼氏。お互いに気を使って、自然とデートはお家デートになり、たまに外出をしても手をつなぐことはなくなった。
地方都市でもウイルスの感染症対策は必須で、空気がピリつくこともあった。
「ねー、ちょっと静かにしてよ」
両親と一緒に暮らす家は、最近騒がしくなった。
「ハナちゃん。おかし食べよー」
「ハナちゃん。おしっこー」
「ハナちゃん。ごはんっ!」
年中さんの姪っ子を連れて、弟が出戻ってきたから。正確には、総合病院勤務の看護師の奥さんと協議の末に、しばらくは離れて生活をしようとなったらしい。こんなご時世だから、仕方がない。
「ハナちゃん?」
休日の午後、パソコンを起動させてオンラインデートをしていると、ドアを開けて小さくてかわいい姪がもじもじしていた。最初は可愛くて仕方がなかった仕草も、しばらく一緒に暮せばなにか言いたいことがあると分かる。
「なーに?」
「……あのね」
できるだけ優しく問いかけると、ローテーブルに設置したパソコンの画面に映し出された彼に気づいたのか、強張った顔で駆け寄ると、消毒液で荒れた手を、ぷくぷくと柔らかい手にひかれた。
「おじーちゃんが、おかし買っておいっでって……」
耳元でこそこそ話すと、ギュッと握りしめられた小遣いの500円玉を見せられた。買い物に連れていけってことだろう。
「少しだけ、待てる?」
ちらちらと動く視線。気になるのは、お菓子ではなく彼の存在のようで、それは画面の奥でも同じようだった。
「ハナ、姪っ子ちゃん?」
「うん。樹里って言うの。……お話、する?」
「……し、なぃ」
ブンブンと首がもげそうなくらいの勢いで振ると、あたしの後ろに隠れてしまう。
「……ハナ、出かけてきたら?」
帰ってきたら連絡して。
また、続きしよう。
そんな優しい言葉を紬いで、彼氏の樹は姪っ子にバイバイと手を振ってしまう。
「樹里。お兄ちゃんにバイバイして?」
促して、やっと手を振る姪に、かわいいって笑う彼に少しだけイラッとした。
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