奪還

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奪還

作戦自体はスムーズに遂行した。だがしかし、家で呆気なくがんじがらめに縛られた管原正利から意外な事実を知らされた。 「充は心筋梗塞で死んだよ。うちのジャーマネが教えてくれた。気不味くて最近は面会に行ってないから二人は知らないんだろ。それに充の更正に一役買いたいだって?あいつらそういう仲良しごっこが好きな甘ちゃんだから、いつまで経ってもうだつが上がらない。人を押し退けてでも前に出る奴が勝つのさ」 叔父様は管原正利に向かって、 「マネージャーに充の様子を定期的に報告するように頼んでいたのか。悪ぶってはいるけどよほど良心が咎めたのか?これはお前が手を回したんだろ?」 刑務所に届けていた差し入れのリストが一覧になっている。刑務官しか手に入れられないものだが、叔父様の手に掛かれば朝飯前。 書籍、日用品、菓子、資格取得用の教材、差し入れの名義は正利のマネージャーの名前だが、彼がマネージャーに指示を出していたのだろう。そして、刑期を務め上げた後に、薬物依存の克服で有名な医師がいる病院の費用を彼が出そうとしていた。 正利はフンと口をへの字に曲げて、 「曲がパクりだって喋られないように口止め料を払っただけさ。失う物がない奴は口が軽くなる」 精一杯強がっている。叔父様は正利の目を見据えて問いかけた。 「人を押し退けて座ったトップアーティストの椅子の座り心地はどうだ?」 「最高さ。腐るほど金が儲かる、女も選び放題、ファンからは称賛の声、たまらないね」 「そうか、今お前は音楽やってて楽しいか?」 「ああ、楽器と楽曲は金の成る木だからな」 「嘘が下手くそだ。役者に転身は出来そうもないから、せいぜい音楽で頑張るんだな」 叔父様は人質にした管原正利を出汁に事務所と交渉して、松本裕也が作った曲、「始まりのない世界」の金額交渉に当たった。 管原正利の自宅に、事務所社長自らすっ飛んできた。お供を大勢連れて。後ろには堅気じゃない連中がボディーガード代わりについてる。 「アイツは、金の卵を産むガチョウを手放したくないだけさ」 私と叔父様にだけ聞こえるように管原正利は悪口を言う。 平和的に交渉は成立して、松本裕也とドラムの宏志に報告し、ギャラの分配に入った。その際に、ベースの充の死についても叔父様が二人に告げた。 その話を聞かされた二人は放心状態になってしまった。言葉少なく別れを告げて、私たちは二人の元を去った。 事務所代わりにしている私の家のリビングで叔父様と私はコーヒーを飲んでいる。 「今回は依頼人の心までは晴らせなかったわ」 「いや、あの二人なら自分の力で心の雲を晴らすさ。それに裕也の恋人の亜由美ってギャバ嬢。ああ見えて意外な一面を持ってる。あの子がキーパーソンになるさ」 「え?亜由美さんが?どうして?」 「まだまだ調査能力が足りないな、凜は。源氏名ミユ、亜由美の服や持ち物は客からの貢ぎ物ばかり。せっせと被ったブランド品買い取り店で売ったその金を亜由美はある団体に寄付している、自分の給料も一割乗せてな」 「ある団体?」 「発展途上国の子ども達の貧困を解消するプロジェクトに取り組んでいるNGOさ。亜由美自身も複雑な身の上で児童養護施設で育った。児童福祉っていうのは利幅が薄いどころか赤字だらけ。だからどの国でも後回しにされがちだ」 「日本ですら後回しにされているなら発展途上国では…」 「施設に保護されることなく餓えや病気で亡くなる子ども達が大勢いる」 「もしかして亜由美さんって多額の寄付をするためにキャバクラで働いてるの?」 「ああ。ブクロのミユ姫は本物のお姫様さ。高貴なる者の義務を黙って果たしている」 「そうか…充さんを亡くして辛い裕也さんが亜由美さんにそのことを相談すれば、亜由美さんは裕也さんに寄付のことを話すかもしれない」 「恐らくそうなるだろう。裕也のことだ、宏志に分け前を渡した後は一割律儀に寄付するだろうな。始まりのない世界なんて暗いタイトルだけど、あいつの曲は希望に溢れてる。自分で作った曲に自分で救われるときが必ず来る」 「私たちがこれ以上お節介を焼く必要はなさそうね。それに…叔父様。私たちも今回の報酬の一割をそのNGOに寄付しませんか」 「そうだな。ミユ姫みたいな高貴な立場じゃなく、この街の汚れ役だが、俺達もミユ姫を見習うか」 こうして、私たちは報酬の二百万の一割、20万をアフリカで活動するNGOに匿名で寄付をした。 この街は一歩裏通りに入れば闇鍋みたくごちゃごちゃしていて、騒がしく、汚い。でも、そこに生きている人達の心意気は、気高く美しい。それが、池袋という街だ。 (終)
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