盗まれた曲

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盗まれた曲

掃除屋に依頼をしたいときには、とあるネット掲示板にこう書き込む。 「C-C-Bはピンクドラム」 書き込みを見つけた掃除屋の方から連絡が行く。ネット上の都市伝説として語り継がれている、この書き込みをチェックすることが私の日課になっている。そして、悪戯や冷やかしかどうか確かめて、本物の依頼だけを叔父様と一緒に解決していく。 前回はVIPな依頼人だったので特殊なルートから依頼が来たけれど、大抵の依頼はネット掲示板に書き込まれたSOSから始まる。 「C-C-Bはピンクドラム。盗まれた曲を取り返してくれ」 その書き込みを見つけた私は早速依頼人の下調べに入った。女子高生が土日に彼氏とデートをするでもなく、友だちと遊びに行くでもなく、黙々と掃除屋の仕事をしている。 この書き込みが冷やかしか本物か?ハッキングして、IPアドレスを割って依頼人を割り出す。その後、依頼人の身辺調査もする。 松本裕也、27歳、職業はコンビニとガソリンスタンドのアルバイト、チラシのポスティングのトリプルワーク。同彼女の家に転がり込んで彼女と同棲している彼は、かなりの働き者。家にいる時間はご飯と風呂と寝る時だけ。 逆に松本裕也と同棲している彼女の方は、池袋のキャバクラに勤めていて、昼間は寝て夕方起きる生活。彼女の名前は佐藤亜由美、源氏名はミユ。なかなかの売れっ子のようで持ち物も着るものも派手。店では舌足らずに喋っている亜由美だが、相当賢いようで、ヒモ男を家に置くタイプではない。 裕也と亜由美は、程よい距離感で共同生活を送っているようだ。裕也は家事もマメにやる方のようで、ゴミ出しや洗濯物などは亜由美と裕也が交代で出てくる。 依頼についてはメールと電話で松本裕也の真意を確かめた。電話で彼はボソボソと話した。 「昔のバンド仲間が俺が作った曲を盗んで自分が作ったと嘘をついてメジャーデビューした。ラビットウィッチってバンド知ってるよな?あそこのボーカリスト管原正利はとんだ食わせ者さ。俺の曲を取り返してくれ」 ラビットウィッチ、今人気絶頂のバンド。10代から圧倒的な支持を得ている。曲を取り返すといっても、ラビットウィッチ名義で世に出てしまった曲を取り返すことは難しい。私は二つの提案をしてみた。 「盗まれた曲を封印させた上で、その曲で儲けたお金を取り返すことしか出来ませんが?」 裕也は乾いた笑いとともに、 「封印はしなくていい。ラビットウィッチのデビュー曲は俺が作った。著作権の名義を変えさせれば俺に大金が入ってくる。今まであの曲で稼いだ分、利息つきで返してもらいたいな」 私は小さく頷いてから、ギャランティ交渉に入る。 「池袋の掃除屋は安くないですよ」 「成功報酬で頼みたい。あの曲一曲で二千万は固い。一割の二百万でどうだ?」 「交渉成立ですね。でも、あなたが作った曲だという証明があるなら、ネットに晒すなり週刊誌に売るなり、幾らでも管原正利を揺さぶる手はあるはず。なぜ池袋の掃除屋に依頼を?」 「残念ながら時系列を示す証拠がない。正利は、あの曲は音程が取りづらいと難癖をつけて一度もライブでやってないからさ」 「つまり、脅して吐かせるしか手はないから掃除屋に依頼をしたということ?」 「ああ。ネットの都市伝説だと思った通りから軽い気持ちで書き込んだ。声を聞く限り若い女みたいだが、あんたが池袋の掃除屋なのか俺も半信半疑だ。お手並み拝見して、掃除の成果を出してから報酬は払いたい」 「それがいいわね。ただもう少し詳しく話を聞きたいし、私の相方も紹介したい。一度顔を見て打ち合わせしたい。決め手は無くても、曲が自分の物だと説得する材料は何かない?」 「楽譜がある。そして昔のバンドメンバーで連絡がつく奴は集めておく。正利は連絡が取れないが、ドラムの宏志は連絡が取れる。ベースの充は今…」 裕也は言葉を一度切る。そして咳払いをしてから、さっきより、はっきりした声で告げる。 「充は薬物で刑務所だ。正利に曲を持ち逃げされて裏切られた。それを苦にしたと言えば聞こえはいい。でもな、俺とドラムの宏志は充の薬に逃げた甘ったれた考えを許せない。打ち合わせは宏志と俺でいいか?」 「ええ。そのメンバー構成だと裕也さんのポジションはギター?」 「その通り。池袋の掃除屋は腕利きって噂は本当みたいだ。期待してるよ」 私は挨拶をしてスマホを切る。 トリプルワークの忙しい裕也さんの束の間の休日に待ち合わせをした。池袋東口のグリーン大通りを歩き、豊島岡女子学園の前を通り過ぎ、サンシャイン方面に向かう近道のすぐ側にある小さな公園。 叔父様と私は、豊島区立東池袋四丁目公園で、松本裕也を待っている。叔父様は年甲斐もなくブランコで遊んでいる。警官に職務質問されそうなことをわざわざやる叔父様を注意する。 「叔父様!依頼人と打ち合わせするのに何で不審者みたいなことしてるんですか?」 立ち漕ぎのブランコから勢いよく飛び降りて着地した叔父様の耳をちぎれるほど引っ張って耳打ちする。 「まあまあ。ブクロの警官が俺に声なんか掛けられるかよ。面倒事に関わりたくないから見て見ぬフリさ」 「でも、周りの目があります!」 「みんな、自分の事で忙しい。余計なことに首突っ込んでる暇はないんだよ、この街では」 叔父様は私にウィンクすると、今度は滑り台で遊び始めた。滑り降りると叔父様は私の隣に立って、思いついたように呟く。 「高架下のブルーシートや段ボールハウスもみてみぬフリ。東口はオフィスも多いし名門校もある。あの名門女子校に通わせたい親が、あそこにある偏差値があってないような大学を馬鹿にする。あんなところに行きたくなかったら、勉強を頑張って、いつ頑張るの?今でしょって子どもを煽るのさ」 煙草を吸いながら、公園から見えるビルに入っている大学の校舎を指差す。 「大学名で人を格付けするようなシケた大人にはなりたくないわ」 私は16歳で煙草が吸えないので、叔父様の真似をしてシガレットチョコレートを咥えて、両手をやれやれと欧米人のように上げてみる。 「俺達の世界は実力勝負だからな。豊かに見えるこの国にもこれだけの格差がある。世界では今晩食べる飯にも事欠く連中がいるしな」 世界の飢餓や貧困に思いを馳せていると、松本裕也が現れた。
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