楽曲、奪還作戦

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楽曲、奪還作戦

松本裕也はもう一人の連れを紹介する。 「電話で話したドラムの宏志だ」 宏志と呼ばれた男は、品定めするような視線を私と叔父様に向けてから、冷やかしてきた。 「へぇ、これが池袋の掃除屋か。裕也から話を聞いてなかったら、パパ活中の二人にしか見えねえな」 私が苦笑いで誤魔化していると、叔父様の目が急に冷たくなり、宏志の頭上スレスレに回し蹴りをかました。 あまりに素早さ、技のキレに誰も動けない。 「池袋の掃除屋は血の気が多い。無駄口を叩くと依頼を完遂する前に病院送りだ」 叔父様は指をポキポキと鳴らしている。宏志は、マジでやべえなこいつらって顔をして、頬をひくつかせてから、 「悪かったな。あんたはわかるけど隣の女は足手まといじゃないのか?それとも、依頼人を無駄に怖がらせないための受付係か?」 宏志は私の方を見て、心底不思議だというような顔をする。仕方ないので私も、宏志の顔面スレスレに数発のパンチを寸止めで打ち込む。 宏志はヒューっと口笛を吹いて目を丸くする。 「あんたも、すげえな。ハンドサインで合図しながらお揃いの色の服を着て半分グレで遊んで奴らなんか、ひとたまりもない。あんたら敵にしたらこの街も静かで健全になっちまう」 私はシガレットチョコレートを一本咥えて、 「この街から喧騒と悪ガキが消えたら、メロンソーダから炭酸が抜けたような腑抜けた甘ったるさだけが残る。悪ガキのオイタは池袋を面白くするスパイスよ」 煙の出ないシガレットチョコを、まるで煙草のように唇から離して、宏志にウィンクする。 松本裕也は、私たちのやり取りをじっと観察していたが、やっと口を開いた。トートバッグからファイルを取り出して、 「これが盗まれた曲だ」 楽譜を見せてくれる。ラビットウィッチのデビュー曲、「始まりのない世界」と全く同じ。叔父様は楽譜を見て、 「管原正利はこの曲を音程が取りづらいと言って歌わなかった。おかしい。ボーカリストが歌いやすいように工夫された曲だ。不自然だと思わなかったのか?」 鋭い視線を裕也と宏志に向ける。裕也は叔父様の目を見て、 「へぇ、スコア読めるんだ。正利は気難しい所があって、自分が気に入らないと絶対に歌わない。また正利のわがままが始まったと思ってた。ハンドが解散したのも半分は正利のわがままに他のみんなが嫌気が差したからだよ」 叔父様は間髪入れずに畳み掛ける。 「解散理由のあと半分は?」 裕也も宏志も顔を見合せて口ごもっている。 叔父様は答えない二人に向かって、 「ヤクでムショにいるんだってな、ベースをやってた奴は。そいつの女を横取りしたのも管原正利。ところが売れた途端に女に手切れ金渡して強引に別れた。その3ヶ月後彼女は自ら命を絶った」 「調べたのか、そこまで」 裕也が驚きを隠せない表情で叔父様に問いかける。叔父様は私の方を指差して、 「調べたのは俺の相棒さ。見た目で人を判断しない方がいい」 「あんたが?そこまで?」 今度は宏志が私を穴が空くほど見てくる。 「ええ。仕事は段取り八分、下調べは入念にやるものよ、どんな仕事でもそうじゃない?」 叔父様の受け売りの台詞を真似て、私が笑うと二人の緊張は少し解けたようだ。裕也と宏志の二人が頭を下げて頼む。 「曲を取り返してくれ」 叔父様は、煙草に火を着けて一口吸うと、 「頭を上げろよ。二千万は固い、俺らの取り分は200万。ところで残りの1800万の分け前は決めてあるのか?」 二人に聞いた。宏志が笑いながら、 「曲を作ったのは裕也だから俺は300万でいい。ローンなしで車が買える。埼玉の田舎暮らしに車は必須アイテムだからな」 小脇に抱えていた新車のカタログを見せてくる。裕也は、そんな宏志を微笑ましく見守りながら、 「俺は半々の900ずつって言ったんですけど、宏志が充が更正したらあいつにも300万で車を買ってやれって。現金で渡すと薬にまた手を出しかねないないからって」 裕也はさっきまでと違って、充の今後を心配しているのか表情が曇っている。叔父様は裕也の頭をくしゃくしゃっと撫でて説明する。 「そんなに心配なら売れば簡単に現金になってしまう車よりも、片田舎の畑つきの中古の一戸建てでも買ってやれよ。ポイントは土地は裕也の名義にして、建物、つまり上にある物だけ充の名義にする。そうすると建物しか権利のない充は簡単に家を売れない。どうだ?」 裕也は興味深そうに相槌を打ってから、 「田舎の土地って幾らくらいするんですか?」 真剣に聞いてきた。 「北関東の超がつく田舎なら800万~1000万で余裕だろう。ちなみに、T県北部には薬物依存の当事者による相互援助組織がある。この辺りは土地が安い」 叔父様は肩掛けのカバンから、不動産の路線価の書いてある地図と、T県の物件情報を裕也に手渡す。 黙っていた宏志が何やら指を折りながら話しかけてくる。 「なあ、俺に300、充に300、充の更正のために裕也が1000万出して土地まで買ったら裕也の取り分は200万しか残らないよな。俺は100でいい。ローンの金利くらいなんとかなる」 裕也は首を横に振って、 「俺は200でいい。著作権ごと貰うから後から幾らでも入ってくるしな。曲を書いたのは俺だけど、あの曲、始まりのない世界は、あの四人だから出来た曲なんだ。ラビットウィッチの他のメンバーの下手くそな演奏は聴くに絶えない。正利の声だけはいいけど、あとの三人は寄せ集めのオマケ。俺は…金より本当はまた四人で音楽がやりたい。でも、正利はもうアマチュアの世界に戻ってこない。だったら、そんな金はパーっと使ってもう音楽のことなんて忘れたい。そして、薬に逃げたのは許せないけど、充になんとか普通の生活を取り戻して欲しい」 宏志が静かに頷く。私は二人の話が済んだタイミングを見計らって今後の計画を説明する。 「まず、管原正利の家に侵入して、縛り上げて軽く締めて楽曲を盗んだことを白状させる。その様子を動画に撮って事務所と金額の交渉をする。芸能事務所の後ろに隠れてそうな反社は池袋の掃除屋の敵にあらず。任せておいて」 叔父様がフッと溜め息をついて私のオデコにデコピンする。 「このじゃじゃ馬娘にかかったら、半グレの悪ガキもヤクザも五十歩百歩さ。今回は俺の出番が無さそうだ、コイツがドジ踏まない限り」 私はすかざす背伸びして叔父様にデコピンを返して、 「働かないなら報酬の200は私が全部貰いますよ?」 そんなやり取りを見て、裕也と宏志は笑っていた。そして、細かい打ち合わせを済ませて公園を後にした。
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