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お茶やお箸を用意して、クッションをお尻の下に押し込んで、二人テーブルを囲む。
「いただきます」
声を合わせて言って、取り分けるのは自分の分は自分でだ。
猫舌なのに、正司くんが食べるより先に一口目を頬張る。美味しいに決まってるけど、先に味を確認したい。美味しいとわかっているからと味見をしなかったけれど、彼より先に食べて安心を得るのだ。
「うん、いける」
そして、彼より先に感想を言う。
「ほんとだ、美味い。つみれ凄いなこれ」
「簡単だよ、それ」
そんなふうに、なんてことないように見せながら、内心はすごく喜んでいる。
正司くんは簡単と聞いて何かを考えているらしく、またうーんと唸っていた。
「……鍋から教わろうかな」
「材料切るだけなんだけど」
「材料切るところからやらないとなと思ったんだよ」
「自分でハードル下げたね」
鍋の中身はどんどん減っていく。どうやら本当につみれがお気に召したらしい。
「というか、時間が間に合うときは楓を手伝いながら勉強するよ」
「そう? いいけどさ」
二人でキッチンに並ぶ様子を想像すると、口元が緩みそうになる。
いけないいけないと、熱々の白菜の芯を頬張った。熱さに涙がにじむ。でも、美味しい。
いつも、後片付けは正司くんがしてくれる。作ってくれたんだからって。なら、一緒に作ったら、片付けも一緒にできるだろうか。
想像するに、新婚さんだ。
お腹いっぱいまで食べた私は、キッチンで食器を洗う正司くんの後ろ姿を見ていた。
生まれてからずっと、私より大きな身長。男性を感じさせるくらいには広い肩幅。短い髪。
洗濯物も掃除も任せきりにならないところ、一人暮らしならやらなかった自炊を、しようだなんて考えてくれるところ。
こうして一緒に暮らして、余計に思う。ああ好きだと、眺めるだけで詠嘆しそうになる。
「どうしたんだ?」
「なんにもー。後片付けありがとう」
「こちらこそ、飯作ってくれてありがとうな」
「お前本当にいいやつだなー」なんて言いながら、正司くんは私の頭を撫でる。本当に大切そうに、妹を慈しむように、撫でる。
知っている。正司くんが私を愛しんでいることは。見ればわかる、聞けばわかる。優しい目と、声。
私の愛おしいとは違っても、私を愛しんでいるのはわかっている。
でも違うから、私を抱きしめてはくれないのだ。
「もっと撫でて」
そう言ってずいっと頭を差し出せば、「急に甘えたがりだなあ」なんて言って、撫でてくれるのだ。その指先が優しいのに、何かが足りない。何かではない。足りないものはわかっている。
(いつになったら、女として愛してくれるかな)
それとも、そんな時は来ないのだろうか。
正司くんの手が離れ、彼はテレビをつけながらテーブルの向かいに座った。
歳の差なんて関係ない、なんて、嘘だ。おしめを換えた、換えられた仲なのだ。今が違っても、その事実が私たちの間にはある。
きっと彼は、私が抱きしめてと言えば、あやすように抱きしめるだろう。けれど、私が言い出すまではそんなことはしてくれない。
そして、好きだと言った時に返してくれるかは、彼を正しく理解している私にも、まだわからない。
この穏やかな日常を壊してまで、言いたくなる日が来るだろうか。ふと、考える。
この穏やかな日常が終わるとき、言ってから家を出られるだろうか。
どちらも私次第で、言わなければきっと何も変わらないのだろうと、わかっている。
でも言ってしまえば変わってしまうと、わかっている。
(こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
取るに足らないバラエティ番組をぼーっと眺めながら、どんなに仲が良くたって、どんなに上手くやったって、難しいことがあることを、私はまた深く頭に刻む。
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