focus - 004 諦観 feat.楓

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 お茶やお箸を用意して、クッションをお尻の下に押し込んで、二人テーブルを囲む。 「いただきます」  声を合わせて言って、取り分けるのは自分の分は自分でだ。  猫舌なのに、正司くんが食べるより先に一口目を頬張る。美味しいに決まってるけど、先に味を確認したい。美味しいとわかっているからと味見をしなかったけれど、彼より先に食べて安心を得るのだ。 「うん、いける」  そして、彼より先に感想を言う。 「ほんとだ、美味い。つみれ凄いなこれ」 「簡単だよ、それ」  そんなふうに、なんてことないように見せながら、内心はすごく喜んでいる。  正司くんは簡単と聞いて何かを考えているらしく、またうーんと唸っていた。 「……鍋から教わろうかな」 「材料切るだけなんだけど」 「材料切るところからやらないとなと思ったんだよ」 「自分でハードル下げたね」  鍋の中身はどんどん減っていく。どうやら本当につみれがお気に召したらしい。 「というか、時間が間に合うときは楓を手伝いながら勉強するよ」 「そう? いいけどさ」  二人でキッチンに並ぶ様子を想像すると、口元が緩みそうになる。  いけないいけないと、熱々の白菜の芯を頬張った。熱さに涙がにじむ。でも、美味しい。  いつも、後片付けは正司くんがしてくれる。作ってくれたんだからって。なら、一緒に作ったら、片付けも一緒にできるだろうか。  想像するに、新婚さんだ。  お腹いっぱいまで食べた私は、キッチンで食器を洗う正司くんの後ろ姿を見ていた。  生まれてからずっと、私より大きな身長。男性を感じさせるくらいには広い肩幅。短い髪。  洗濯物も掃除も任せきりにならないところ、一人暮らしならやらなかった自炊を、しようだなんて考えてくれるところ。  こうして一緒に暮らして、余計に思う。ああ好きだと、眺めるだけで詠嘆しそうになる。 「どうしたんだ?」 「なんにもー。後片付けありがとう」 「こちらこそ、飯作ってくれてありがとうな」  「お前本当にいいやつだなー」なんて言いながら、正司くんは私の頭を撫でる。本当に大切そうに、妹を慈しむように、撫でる。  知っている。正司くんが私を愛しんでいることは。見ればわかる、聞けばわかる。優しい目と、声。  私の愛おしいとは違っても、私を愛しんでいるのはわかっている。  でも違うから、私を抱きしめてはくれないのだ。 「もっと撫でて」  そう言ってずいっと頭を差し出せば、「急に甘えたがりだなあ」なんて言って、撫でてくれるのだ。その指先が優しいのに、何かが足りない。何かではない。足りないものはわかっている。 (いつになったら、女として愛してくれるかな)  それとも、そんな時は来ないのだろうか。  正司くんの手が離れ、彼はテレビをつけながらテーブルの向かいに座った。  歳の差なんて関係ない、なんて、嘘だ。おしめを換えた、換えられた仲なのだ。今が違っても、その事実が私たちの間にはある。  きっと彼は、私が抱きしめてと言えば、あやすように抱きしめるだろう。けれど、私が言い出すまではそんなことはしてくれない。  そして、好きだと言った時に返してくれるかは、彼を正しく理解している私にも、まだわからない。  この穏やかな日常を壊してまで、言いたくなる日が来るだろうか。ふと、考える。  この穏やかな日常が終わるとき、言ってから家を出られるだろうか。  どちらも私次第で、言わなければきっと何も変わらないのだろうと、わかっている。  でも言ってしまえば変わってしまうと、わかっている。 (こんな時間が、ずっと続けばいいのに)  取るに足らないバラエティ番組をぼーっと眺めながら、どんなに仲が良くたって、どんなに上手くやったって、難しいことがあることを、私はまた深く頭に刻む。
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